


「消費生活」「環境」など、近年、扱う領域が広く、深くなり、この数十年で“一番変わった教科”などといわれている家庭科。
30年ほど前までは、中学と高校では女子だけが学ぶ教科でした。男子と女子が一緒に学ぶ(=男女共修)ようになったのは、中学校は1993年、高校は1994年から。
男女共修で学んだ家庭科に興味を持ち、家庭科教諭になられた谷昌之先生(大阪府立天王寺高等学校)に、家庭科の魅力、家庭科を通して学んでほしいこと、先生のこれまでの歩みなどについてお伺いしました!
谷先生が高校の家庭科教諭になられたのは約20年前。20年で3つの高校の教壇に立ち、2020年からはNHK高校講座「家庭総合」の監修・講師もつとめています。まずは、「家庭科」は何を学ぶ教科なのか、そして先生がどんな授業をしておられるのかを教えてもらいました。
「家庭科」は、私たちの毎日の生活について学ぶ教科です。すべての人に関わるものでありながら、数学や理科などのように、家庭科を教えてくれる塾はありません。だからこそ、学校の授業でしっかりと学んでほしいです。
家庭科というと、調理や裁縫といった家事全般の実践的な技能を学ぶ教科と思われがちです。しかし、それだけではなく、近年は家庭科で扱う領域はどんどん広がっています。基本的な「衣食住」「家族・家庭」に加えて、「保育」「高齢者」「福祉」「消費生活」「環境」など、生活にまつわることを丸ごと学ぶ包括的な内容へと発展しています。
「自分(生活する人)が生涯にわたって豊かで充実した生活を営むために必要となる、さまざまな力を育む」。これが、家庭科の役割です。そして重要なのは、授業で学んだことを生活の中で実践すること。学校での学びを家庭で活かし、家庭での経験を学校での学びに結びつける――こうすることで確かな実践力が身につくのです。
▲私たちの暮らしは「人」と「モノ・コト」で構成されていて、それらをどのように組み合わせ、マネジメントするかが大切――この視点を持てば、家庭科をより理解できるようになるでしょう。
出典:関西家政学原論研究会『50周年記念誌』
「人」と「モノ・コト」で成り立っている社会の中で、私たちはさまざまな工夫や改善をしながら生活しています。しかし、世の中は不変ではありません。時代とともに何を大切にするかという価値観は移り変わり、この先どんなことが起こるのか、誰も予測することはできません。新型コロナウイルス感染症が人々のライフスタイルを大きく変えたことは、記憶に新しいですね。
『関塾タイムス』を読んでいる皆さんも、ぜひ、10年後、20年後……さらにもっと未来の自分を想像してみてください。その時には、今とはまったく違った環境の中で暮らしているかもしれません。生活スタイルが変わるごとに、それに合わせた工夫も必要になるでしょう。
つまり私たちは、常に生活のことを考えてアップデートする必要があり、家庭科やその基にあたる家政学(家庭生活全般について考え、よりよい暮らしをめざす学問)はまさに、生涯を通して学び続ける学問だといえます。ですから、家庭科教育を高校で終わらせるのは、本当にもったいないと思いますね。
私が家庭科の授業を通して生徒たちに望むのは、家政学の視点を持って、高校卒業後、次のステップに進んでほしいということです。私の授業を通して身につけた生活者としての視点を、さまざまなところで活かしてくれると、家庭科教諭としてこれほどうれしいことはありません。
▲「人間生活の構造」について説明する谷先生。
私はいろいろなワークショップを取り入れた授業も行っています。そのひとつをご紹介します。
自分のライフステージが変わることによって、生活スタイルや、人生において何を大切にするかが変わっていく――。これについて「カタロカ」というカード型教材を使い、“自立”をテーマにワークショップを展開しています(詳細は後述)。
年度初めの“授業開き”では、“自分らしく生きる”というテーマで授業を行っています。これらの学びによって、自分はこの先、どんなことをしたいのか、どのような人と生活を営むのかという“自分の未来予想図”を描けるようになってほしいですね。
生活を営む上で「どのようなことが大切で、何をできるようになりたいか」を考えてもらうために、谷先生が実施されている《自立》を切り口としたワークショップを取り入れた授業についてお聞きしました。
カード型教材「カタロカ」は、私が所属する関西家政学原論研究会が開発したもので、26枚のカードに「生活を営むための基礎的なスキル」が書かれています。カードに記された26項目のスキルは、小学校の家庭科で学ぶ内容をベースにしており、キャッシュレス決済など、近年広まった事柄も加わっています【図1】。
授業は、高校生が興味を持って取り組めるように、「高校卒業後、一人暮らしをすることになりました」という設定で行います。「それはどんな場所かな?」「どんなことが楽しみ?」などと、未来の暮らしへの想像を楽しみつつ、まずは個人で取り組みます。その時に自分が身につけておくべき事柄について考えてもらうため、26項目の生活スキルに、それぞれ重要度に応じて1~4の点数をつけてもらいます。
その後、グループ(班)活動を展開。個人がつけた重要度について互いに意見交換し、グループの「ピラミッドランキング」【図2】を作成します。10項目を4段のピラミッド型に配置することで、緩やかな順位づけを行うのです。当然、一人ひとり「重要度」は違いますので、「なぜこれが重要?」「なんでこれがランク外なの!?」とグループ内で議論が沸騰します。
最後にグループ間で、「1位にした理由」や「グループ内で意見が割れたもの」などを発表・質問してクラス全体で交流します。
▲【図1】カタロカカード(左) と「生活を営むための基礎的なスキル」26項目一覧(右)
▲【図2】「カタロカピラミッドランキング」シート
では、今の高校生は、一人で生活を営んでいくにあたって、どんなスキルを特に重要だと捉えているのでしょう?
2023年度に実施した授業で、「ピラミッドランキング」に登場した項目を集計・得点化した上位10項目をご紹介します【図3】。
トップ3にお金や、病気・失業などのリスクに備えるための項目が並び、その後に、「基本的な調理操作・スキル」、「掃除ができる」など食・住に関する基本スキルが続いています。
これは、2022年に成年年齢が18歳に引き下げられたことや、SNSきっかけの消費者トラブルなどで、若者が被害者となるケースが増えていることなどを反映していると思われます。もうすぐ18歳をむかえる彼らは、保護者の同意を得ることなくさまざまな契約ができるようになる一方で、「未成年」としての保護が失われることになります。自立をするためには、経済的にしっかりせねばという意識を強く持っているのだと考えられます。
▲【図3】2023年度に実施した授業の「ピラミッドランキング」より、ランキング登場回数の順位に応じた比重(1位4点、2位3点、3位2点、4位1点)を掛け合わせて得点化しています。
「一人暮らし」の設定で議論を深めた後は、「仕事や子育てに忙しい、40代共働き(子ども2人)家庭」など、「誰かと暮らしている」設定で、自分が日々の生活において何を重要だと考えるかを想像してもらいます。年齢を重ね、ともに暮らす人が変われば当然、生活の仕方や、重要視するスキルも変わっていきます。友人の想像にも耳を傾け、多様な考え方にふれることで、「大切にしたいこと」は人それぞれ異なることに気づくとともに、自分の中の「大切にしたいこと」が変わっていくということにも気づきます。
このように「カタロカ」を用いて友人と議論する中で、暮らし・生き方に対する価値観の変化を体感してほしいと思っています。
高校時代の家庭科の授業が楽しかったからです。調理実習でシュークリームを作った時のことです。ただ作って食べるだけではなく、先生が買ってきたシュークリームを並べ、それぞれに含まれる添加物の有無を検出する実験を見せてくれました。
被服実習では、生地を縫うだけでなく、草木染めも教えてくれました。さまざまな種類の繊維を燃やして素材の特徴を分析する「燃焼実験」も思い出に残っています。そんな授業が毎回とても新鮮で、心を揺さぶられました。
私はもともと好奇心旺盛で、理科の実験や観察に夢中になっていました。ですが、中学・高校へと進むにつれ、大好きだった理科の授業が数式や化学式といった抽象的な内容に変わっていき、おもしろさを感じられなくなっていました。落胆していた私に科学の楽しさ、大切さを思い出させてくれたのが、前述した家庭科の授業だったんです。
家庭科はかつては中学・高校では女子生徒だけが学ぶ教科で、男女ともに学ぶ「共修」に完全移行したのは、30年ほど前。私が中学生になった時期と重なります。私の家庭科の先生は、男子も女子も学ぶ教科として家庭科の学びを広げようとされていて、「生活科学」分野の理系テーマをさまざまな切り口で扱ってくださいました。
振り返ると、この先生との出会いが、家庭科教諭をめざしたきっかけでしたね。
▲高校時代は放送部に所属。「作・演出といった裏方の仕事をするのが好きでした」。
「学校の先生になりたい」という夢は、子どもの頃からぼんやりと持っていました。その思いが明確になったのは高校時代。「私も家庭科の教諭になって、先生と同じようにおもしろい授業をしたい」と考えるようになりました。ところが当時、家庭科の教員免許を取れる大学は国立の教育大学か、私立大学では女子大が主でした。現役で国立大学に受かるのは難しいだろうと判断し、教諭になる夢はあきらめて、次に興味を持っていた電気・通信系の学部がある大学をめざすことに。そんなある日のこと。進路指導室のゴミ箱に捨ててあった手紙に目が止まりました。ある女子大学からの案内で、「来年度から共学になるため、男子学生でも家庭科教諭の免許が取れます」という主旨のことが書いてあり、即座に「これやないか!」と思いましたね(笑)。
早速、学級担任にその大学へ進学したいと伝えたところ、急な進路変更のため反対されましたが、あきらめず、自分の思いを貫きました。もしもこの時、担任の説得をすんなりと受け入れていたら……。そもそもゴミ箱に捨てられていた手紙に気づいていなかったら……。今の私はなかっただろうと思います。
そうして大学に進学。ただ、実験や実習が少なかったため、調理実習や被服実験などを頻繁に行っていた同じキャンパス内の短大で講義を聴講することもありました。
卒業後は、兵庫県にある武庫川女子大学大学院へ。「女子大学?」と驚かれることもありますが、武庫川女子大学は、幼稚園と大学院は共学でした。専攻は生活環境学の分野である「被服学」。衣服の素材や着心地、流通や歴史、環境への影響などを研究する学問で、その中でも衣服を清潔な状態に保ったり、性能を長く維持したりする方法を調査・分析する「被服整理学」、平たくいうと「洗濯」に関する研究に取り組みました。
そして大学院2回生の時、転機が訪れました。高校時代の家庭科の先生から「本当に家庭科の先生をめざしているの?」と連絡が。先生が勤務する高校で非常勤講師の枠が空くから来ないか、という連絡でした。これが家庭科教諭として歩み出した“最初の一歩”。そうして現在に至っています。
▲2校目の赴任先の高校(総合学科)での被服製作実習。藍染で染色した布を用いてバッグをつくる、という授業をしていました。
今の生徒たちは、家庭科の先生が男性だからといって特別視することはありません。最近は、保護者や同僚に珍しがられることも、かなり減りました。
大変なことを挙げるとしたら、生徒の興味・関心を引くようなアイデアを出したり、授業の組み立てを考えたりすることでしょうか。経験が浅く、未熟だった初任校で勤務しはじめた頃には、“おもしろい授業をしなければ”“どうにかして生徒を振り向かせなければ”と自分を追い詰めたこともありました。
やりがいを感じるのは、やはり生徒が授業を楽しんでくれているのを見た時。アイデアを練り、構成を考え抜いた授業に、笑顔や驚きの表情を見せたり、私が予想もしなかったような発想で取り組んでくれたりした時などが、まさに教師冥利に尽きる瞬間です。
家庭科とは、日々の生活の中にある身近な疑問や課題などを科学的・文化的な視点で解き明かしていく学問です。皆さんには、定期テストや受験を控えた時期であっても、時には料理をしたり、洗濯をしたり、部屋の整理整頓をしたりして、少しでも家事に関わってもらいたいです。そうした経験や、経験から得た知見は、皆さんが大人になり、長い人生を過ごす中で、必ず、役に立ちます。生涯にわたって生活をよりよく、より豊かに変えてくれる一生モノの科目ともいえます。ぜひ、好奇心と想像力をもって、楽しく学んでもらえたらと思います。
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