関塾タイムス9月号 特集 Eco-DRRとは? ―自然の生態系をうまく利用した防災・減災を知ろう

関塾タイムス9月号 特集 Eco-DRRとは? ―自然の生態系をうまく利用した防災・減災を知ろう

令和元年の東日本台風や令和2年7月豪雨など、近年、大型台風や集中豪雨による大規模な自然災害が毎年のように発生しています。
このような、これまでの想定をはるかに超える自然災害の発生リスクは、気候変動の影響もあり、今、世界中で高まっています。
こうした現状を踏まえ、様々な災害が起こり得ることを前提とし、それに備えておくことが重要です。
ダムや堤防といった構造物による対策に加え、より持続可能な対策として注目されているのが、地域の自然や生態系をうまく活用した防災・減災の手法である「Eco-DRR」です。

自然と人がよりそって災害に対応する

生態系の力で災害を軽減 Eco-DRRって何?

「Eco-DRR」(エコ・ディー・アール・アール)は、Ecosystem-based Disaster Risk Reductionの頭文字をとった言葉。ひと言で言えば、生態系を活用した防災・減災のことです。
 年々激しさを増し、深刻で甚大な被害をもたらす自然災害に対し、生態系の保全・再生を通して自然を効果的に利用し、防災・減災に役立てようという考え方です。
 Eco-DRRの利点は、自然災害のリスクを軽くすることだけではありません。その地域特有の生物多様性を守り、良好な状態に保つことで自然と触れ合う場を提供したり、二酸化炭素の吸収源となる森林を保護したり……と、学びや気候変動緩和対策としての効果も期待できます。
 Eco-DRRは、地域社会の発展や地球温暖化対策にも貢献する取り組みです。

生態系がもつ機能を人間の生活に活かす

 《大雨の影響を受け、○○地域の住宅××棟で浸水の被害》《△△市で線状降水帯が発生し、◇◇川が氾濫》――。こんなニュースを聞いたことがありますよね? 近年日本では、大型台風や集中豪雨などで道路や田畑が冠水したり、川が氾濫したりする大規模水害が頻繁に発生しており、対策が急がれています。
 長い年月をかけてつくられた自然の生態系は、多種多様な生き物を中心に、空気や水、土壌などの環境が複雑につながり、相互に関わり合いながらバランスを保っています。私たち人間は、これまでも、その生態系から食料や水など様々な恵みを受けてきました。
 生態系が人間にもたらす恩恵は、物質的なものだけではありません。適切に管理された生態系は、自然の*1インフラとして機能します。
 例えば湿地は、洪水が起きた時、あふれた水を貯める場所になり、樹木や*2植生は、地面の奥深くまで根を張ることで土壌を安定させ、土砂崩れを防ぐ働きをします。また、樹木や土壌が不純物や汚染物質を吸収し、河川や地下水に流れ出るのを防いでくれます。
 生態系は、災害のリスクを軽くする“自然の防壁”なのです。
 *1 インフラストラクチャーの略。経済や社会生活を支える基盤となるもの。
 *2 ある場所に生育している植物の集まり。

出典:林野庁「水を育む森林のはなし(https://www.rinya.maff.go.jp/j/suigen/suigen/con_1.html)」
「土砂災害防止機能/土壌保全機能(https://www.rinya.maff.go.jp/j/keikaku/tamenteki/con_2_3.html)」の図を基に作成

身近な自然が防災・減災対策に

 日本の国土面積の約4分の3は、山地や丘陵地が占めています。平地が少ない日本において、太古より人々は、生態系がもついろいろな機能をうまく活用しながら暮らしてきました。
 しかし戦後、高度経済成長期を迎えた社会は急速に変化を遂げ、人口も増加。土地開発が一気に進んだことで、生物多様性は大きく損なわれることになりました。それだけではなく、本来、人が住むのには適さない、自然災害に対してもろく弱い土地にまで居住地を拡大してきました。
 こうした災害リスクの高い地域の安全を確保するために行われてきたのが、人工構造物による整備です。ダムや堤防の設置などがその一例ですが、近年はそうした設備の老朽化や維持管理コストの増大が問題になっており、この課題を解決する方法として期待されているのが、「Eco-DRR」です。
 農地や畑、大きな湿地、池だけでなく、道路に植えられた街路樹や植栽など都市の中にある様々な自然も、Eco-DRRと捉えることができます。
 日本の国土が本来もっている豊かな自然を利用して防災・減災に取り組むことは、持続可能な社会をめざすうえでも重要なことなのです。

Eco-DRRの考え方 ~危険な場所を避け、災害の影響を軽くする

基本的な考え方

 Eco-DRRの基本的な考え方は、主に次の3つです。
①災害を未然に防ぐ
②被害を受けやすい場所を避ける
③災害の影響を軽減する


〇災害を未然に防ぐ
 生態系の働きを利用して、災害が起こる状況を回避するという考え方です。
 例えばため池や水田は、大雨や台風が発生した時、雨水を貯め込むことで川に流出する水量を抑え、氾濫を起きにくくします。
〇被害を受けやすい場所を避ける
 人にとって災害リスクが高い場所に生息する動植物がいます。そうした生き物がすむ場所の開発や利用を避けることで、生態系の保全と防災・減災を両立するという考え方です。
 その土地が災害に遭いやすいかどうかを知る手掛かりになるのが、地名です。過去に大きな洪水が発生して家が流されたり、がけ崩れなどで深刻な被害が出たりした土地には、地名に特徴的な文字が使われることがあり、日本の地名は“水害の履歴書”とも言われます。
 例えば「深」の文字が含まれていれば、周りよりも低い土地の可能性があり、「沢」の文字が入っていれば、水がたまりやすい土地かも?と推察できます。
〇災害の影響を軽減する
 生態系を利用して自然現象の影響を受けにくくし、人命が危険にさらされるのを避ける、ということです。
 森林が土砂崩れを防ぐ、海岸に植えられた樹木による林(海岸防災林)が防風・防砂の役割を果たし津波被害を軽減する、屋敷林(=後述)が防風・防雪、日差しをさえぎる遮蔽の役目をする――。これらはいずれも、生態系の働きを減災に役立てるために日本で古くから行われてきた対策です。
 生態系を、災害の衝撃をやわらげる、いわばクッションのような“緩衝材”として利用することで、被害を軽くしようというわけです。

▲生態系は、危険な自然現象から人命や財産を守る、物理的な緩衝材となります。

出典:国土地理院「地名と水害」(https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/TAIHUU14/kawa_2-4.html)

身近にあるEco-DRR ~災害の影響を受け止め人々を守る

実はここにも! Eco-DRR

 日本には古くから、自然と共生し、それを活かす文化が根づいています。身のまわりを見渡してみると、実は身近なところにEco-DRRが見つかります。

棚田
 棚田とは、山や谷間の傾斜地に階段状につくられた水田のこと。米づくりの場であり、また、雨水を貯めて地面にゆっくりと浸透させ、土砂崩れや洪水を起きにくくする役割を担っています。

▲白米千枚田(石川県)

松原
 松原とは、松が生い茂る林のこと。三保の松原(静岡県)、気比の松原(福井県)、虹の松原(佐賀県)は、その美しさと規模の大きさから日本三大松原と呼ばれます。松原は、飛砂防備、防風、防潮などの役割をもつ「海岸防災林」として農地や居住地を災害から守ります。

▲虹の松原(佐賀県)    提供:(一社)唐津観光協会

遊水地
 遊水地は川に隣接した低地で、洪水を計画的に一時流入させ、貯めておくための土地。普段は、緑地公園や水田など別の用途で利用されます。
 日本最大の遊水地として有名なのが、渡良瀬遊水地です。関東平野の中央に位置し、栃木県をはじめ4県にまたがり、面積は約33㎢(東京ドーム700個分)。*4ラムサール条約に登録されており、植物約1000種、鳥類約275種、昆虫類(陸上・水中)約1700種、魚介類約78種が生息し、絶滅危惧種も多く確認されています。
 *4 特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約。

▲渡良瀬遊水地(栃木県、群馬県、埼玉県、茨城県)

家でもできる! Eco-DRR

 生態系の力を活用して災害リスクを下げるEco-DRRは、規模の大きなものばかりではありません。皆さんができる工夫もあります。

雨庭(レインガーデン)
 雨水を排水路や河川、下水道に直接流入させずに一時的に貯めておき、ゆっくりと地中に浸透させる構造をもった庭や植栽空間のことです。雨水を自然に浸透・循環させることで、都市型水害の軽減や緑化、水質浄化に役立ちます。
 近年、様々な市区町村でも取り組まれており、東京都世田谷区や京都市、名古屋市などが雨庭の普及を進めています。

▲街なかに取り入れられた雨庭(京都府)
出典:京都市ウェブサイト(https://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/page/0000353242.html)

雨花壇
 屋根や歩道、車道などから流出した水をプランターや花壇に取り込みます。花壇に雨庭の要素を施したものともいえ、雨庭よりも小規模。例えば、自宅の花壇の土の下に透水シートを引いて、その下に水通しのよい砕石層をつくります。
 屋根の水が花壇に流れるように雨どいを設置すれば、砕石層の隙間に一時的に雨水を貯められ、ゆっくりと地中に浸透させて、下水道などがあふれて浸水する被害を防ぐことができます。

ビオトープ
 ビオトープは、ドイツ語の生物(Bio)と空間(Tope)からなる合成語で、生物の生息・生育空間を表す言葉です。日本では人工池のイメージが強いですが、本来は草地や池・川・海など、大小にかかわらず生き物の暮らしを支える場所のことをいいます。
 ビオトープは動植物のすみかであるとともに、雨水を一時的に受け止める働きもあります。庭に穴を掘って池をつくる方法もありますが、庭がなくてもベランダに「すいれん鉢」やコンテナなどを置いてつくることも可能。ホテイアオイやアナカリスなどの水草、メダカやミナミヌマエビなどの動物を入れれば自分だけのビオトープができます。

▲すいれん鉢でつくったビオトープ

生垣や庭木
 道路や隣地との境界線に生垣や樹木を植えることも、防災・減災につながります。
 樹木を活用した防災対策として古くから知られているのが「屋敷林」です。名前が示す通り、建物を囲うように、あるいは建物の一方向に配列して植えられた樹木のことで、強風などから家を守ります。
 宮城県・仙台平野の「居久根(いぐね)」、富山県・砺波(となみ)平野の「垣入(かいにょ)」、島根県・出雲平野の「築地松(ついじまつ)」など地域固有の名で呼ばれ、人々の生活に密接に関わっています。特に農村部の屋敷林は、防風、防雪、防暑、防寒、防砂などの役割を果たし、生活に必要な建材や燃料の供給源にもなっています。
 他にも、健康に育った生垣は地中深くに根を張るため、ブロック塀などの人工の塀と比べて地震の際に倒壊する恐れが少なく、安全です。
 

▲出雲平野の築地松(島根県)

関塾

タイムス編集部

SEARCH

CATEGORY

KEYWORD

  1. 2023年10月号
  2. 2022年8月号
  3. タイムス編集部だより
  4. 2021年4月号
  5. 2020年6月号
  6. 2022年5月号
  7. 2022年9月号
  8. 2021年9月号
  9. 2020年9月号
  10. 2023年9月号
  11. 2023年3月号
  12. 2022年4月号
  13. 2022年12月
  14. 2021年5月号
  15. 2020年5月号
  16. 2024年10月号
  17. 2021年10月号
  18. 2020年12月号
  19. 2024年8月号
  20. 2021年6月号
  21. 2021年11月号
  22. 2023年6月号
  23. 2021年2月号
  24. 2022年1月号
  25. 2021年1月号
  26. 2020年4月号
  27. 2023年11月号
  28. 2020年11月号
  29. 2022年6月号
  30. 2020年8月号
  31. 2021年8月号
  32. 2020年10月号
  33. 2025年2月号
  34. 2023年5月号
  35. 2024年3月号
  36. 2021年3月号
  37. 2023年2月号
  38. 2023年4月号
  39. 2024年5月号
  40. 2021年7月号
  41. 2024年7月号
  42. 2022年2月号
  43. 2023年1月号
  44. 2021年12月号
  45. 2025年7月号
  46. 2022年3月号
  47. 2022年7月号
  48. 2022年11月号
  49. 2020年7月号
  50. 2024年11月号
  51. 2024年4月号
  52. 2024年2月号
  53. 2024年12月号
  54. 2022年10月号
  55. 2024年9月号
  56. 2023年8月号
  57. 2024年1月号
  58. 2024年6月号
  59. 2023年7月号
  60. 2023年12月号
  61. 2025年10月号
  62. 2025年1月号
  63. 2025年3月号
  64. 2025年4月号
  65. 2025年11月号
  66. 2025年5月号
  67. 2026年3月号
  68. 2026年1月号
  69. 2025年8月号
  70. 2025年6月号
  71. 2025年9月号
  72. 2025年12月号
  73. 2026年2月号
  74. 2026年6月号
  75. 2026年7月号
  76. 2026年4月号
  77. 2026年5月号
  78. 2026年8月号
  79. 2026年9月号