2026年4月号 わたしの勉学時代 山梨大学 学長 中村和彦先生に聞く

1949年開学の山梨大学は「地域の中核、世界の人材」をキャッチフレーズに掲げる国立大学。教育学部、医学部、工学部、生命環境学部の4つの学部と、医工農学総合教育部、教育学研究科の2つの大学院があり、4800人余りの学生が学んでいます。中村和彦先生は急速に変化する社会やグローバル化に対応するため、2025年度から全学共通教育改革を実施。地元企業や自治体と連携を図りながら地域における人材養成を目指しています。

【中村 和彦(なかむら・かずひこ)】
1960年生まれ。山梨県出身。教育学士(山梨大学)、体育学修士(筑波大学)。
82年山梨大学教育学部卒業。86年筑波大学大学院体育研究科修了。2011年山梨大学教育学部教授。同大学教育学部長、大学院教育学研究科長、理事・副学長を経て、23年学長就任。文部科学省中央教育審議会大学分科会委員、スポーツ庁スポーツ審議会健康スポーツ部会委員、日本オリンピック委員会(JOC)ゴールドプラン専門委員など歴任。専門は教育学、発育発達学。

子どもの頃は遊びに夢中

 生まれは山梨県で、両親と祖父母の5人暮らしでした。銀行員の父と電電公社(現在のNTT)勤務の母は忙しくて家にあまりいなかったので、一人っ子の私は主に祖父母に育てられました。学校から帰るとランドセルを置いてすぐ遊びに行く子どもでしたね。三角ベースの野球や鬼ごっこ、かくれんぼ、缶蹴り……。子どもは飽き性なので、遊びも一日のうちでコロコロ変わります。これは私の専門である健康教育にもつながりますが、1960年代から70年代は日本の子どもが一番遊んだ時代。まさに私がそうでした。そのあとの世代から一気に遊ぶ時間が減っていくんですよ。
 両親と祖父母は「人に迷惑をかけてはいけない」とか「何でも一生懸命やりなさい」くらいしか言いませんでした。私の自主性に任せてくれていたのでしょう。だから勉強はほとんどしませんでした(笑)。
 ただ、本を読むことは大好きでした。おもしろい伝記に出会えば立て続けに伝記を読み、歴史に興味を持てば歴史ものを読みあさり、世界の都市が気になればいろいろな地図帳を見る――。一度興味を持つと夢中になって、手当たり次第に関連する本に目を通しました。学校の図書室や市立図書館にある本は、ほとんど読んだのではないでしょうか。本のいいところは、いつどこにいても、ページを開けば知らない世界に連れて行ってくれるところ。今もかばんに2~3冊入れてどこかに出かけるのが至福の時間です。

▲私の勉強や成績に関して両親はほとんど何も言いませんでした。特に母は全く無関心。父や母と三者面談をした記憶はありません。

中高時代は公害問題に関心

 中学3年の時、公民の先生との出会いが自分を大きく変えるきっかけになりました。その先生は教科書に沿った授業はせず、グループや個人で決めたテーマを1か月くらいかけて調べて発表させ、クラスで意見を交わすというスタイル。大学でよくやるPBL(Problem Based Learning:問題解決型授業)の先駆けのような学習法でした。
 公民の授業で私が興味を持ったのは公害問題、特に水俣病です。高校に進学してからも水俣病について調べ、夏休みには実際に熊本県水俣市にも行きました。行ったと言っても自分にできるのは患者さんのサポートくらい。あとはアルバイトで得たお金を寄付するなど、今でいうソーシャルワーカー的な活動をしました。
 講演会にも積極的に足を運びました。公害問題研究家で環境学者の宇井純さんの自主公開講座が東京大学であると知り、月に2回、片道4時間かけて通いました。登壇者の中には永六輔さんら著名人もいて非常に刺激的でしたね。たくさんの情報や話に感銘を受け、東京・神田の古書店で本を何冊も買って帰った思い出もあります。会場には大学生や高校生、社会人、水俣市民も聴講に来ていました。社会の課題に関心を持ち、多角的視点で思考を深めていく……。高校の授業では得られない、とても貴重な経験でした。
 小学校から中学はブラスバンド部、高校と大学では陸上部に所属しました。ただ、私は人から指示されて動くのが大嫌いなので、ひたすら自主練に励む部員でした(笑)。

放送作家・作詞家・随筆家(1933~2016年)。テレビ・ラジオを中心に活躍。

師と出会い健康教育の道へ

 高校卒業後は、今在籍している山梨大学の教育学部保健体育科(現在の芸術身体教育コース)に進学しました。一人っ子なので家から通えるところをという家族の希望もありました。教育学部を選んだのは、専門性を身につけて自分の土台にし、それを教える職に就きたいと考えたためです。公害や環境分野を深められたら良かったのですが、残念ながらそれを専門的に研究している先生は山梨大学にはいなくて、保健や社会の授業で触れる程度でした。
 不完全燃焼のような状態で大学1年生を過ごしながら、図書館でたまたま手にとった雑誌の記事が現在の研究につながりました。物事を結果で見るのは良くないという記事で、書かれたのは保健体育が専門の中京大学の宮丸凱史(まさし)教授。スポーツも勉強も結果が重要なのではなく、プロセスや考え方を学んで、それを自分の頭や体でコントロールできることが大事であるという内容でした。
 この考えに大いに共感し、ぜひ宮丸先生のもとで学びたいと中京大学のゼミに通うようになりました。その後、先生が筑波大学に移られたので、私も筑波大学大学院に進学しました。
 筑波大学大学院では、宮丸先生から森昭三(てるみ)先生をご紹介いただき、私にとって恩師となる2人の先生のもとで、健康教育を5年間学び、それがそのまま私の専門になりました。
 では、子どもたちが結果ではなくプロセスに目を向けるためにはどうしたらいいのか。その原点は幼少期の遊びにあると私は考えていて、遊びを復活させることが、その後のライフワークになりました。

子どもの遊びを復活させる

 宮丸先生、森先生は、健康教育の分野における先駆的存在で、大手スポーツメーカーとも一緒に研究を進めていました。おかげで私は今も企業の方たちとお付き合いがあり、文部科学省の外局であるスポーツ庁や自治体とも連携して、遊びの復活に向けた取り組みをしています。
 現代の子どもたちの運動量低下の背景には、遊びの衰退があります。体を動かすことよりも学力が重視されたり、遊ぶ場所が減ったりしていることなどが要因です。結果、遊びを通して養われる「考える力」や「人と心を通わせること」ができにくくなっています。鬼ごっこや缶蹴りは子どもたちの間で伝承されるもので、伝承が途切れたことで子どもたちはどのように遊べばいいかわからなくなっているのです。
 そこで私たちは、子どもに遊びを指導する「プレイリーダー」の養成に力を入れています。特に保育士や幼稚園教諭、小児科の医師などが興味を持ち、ともに活動してくれています。
 日本の子どもの特徴として、少年野球チームに入れば野球だけ、サッカーチームに所属すればサッカーだけになりがちです。部活も同じですね。しかし、一つのことに専念するメリットはありません。ほかのスポーツも絶対にした方がいいし、もっと言えば楽器演奏や読書も当たり前にやってほしい。そのためには、成績や結果にばかり目が行きがちな大人を変える必要もあるでしょう。
 20年ほどお付き合いのあるミズノスポーツサービスは、プレイリーダーを養成して運動習慣の向上に努めていて、それは活動の一つの成果と考えています。

▲遊びは頭を使わないとできません。子どもの考える力を育てたり、ほかの子たちと心を通わせたりするのに遊びはとても大切な要素なんですよ。

おもしろいことを追求しよう

 私が幼少期に三角ベースや鬼ごっこ、缶蹴りに夢中になったのは、それがおもしろかったからです。遊びというのは、自分たちでどう遊ぶかを考えて、仲間と心を通わせることで成立します。皆さんもぜひ、おもしろいと感じたことを追求してみてください。そのためには、机に向かって知識を蓄えるだけではなく、いろいろな人と関わったり、どこかに足を運んだりする必要も出てくるでしょう。つまり、自分の頭で考え、人と心を通わせ、体を動かす。それが「生きる力」だと私は思います。そういう経験を積み重ねて、のびのびと成長してほしいと願っています。

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