立命館小学校(京都府京都市)の教諭・正頭英和先生は、2017年、人気ゲーム「マインクラフト」を活用した英語授業を実践。それが評価されて「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」のトップ10に選出されました。ゲームを使った授業とはどんな授業なのでしょうか? また、エデュテイメントプロデューサーとしての活動や、学生時代のこと、これからの英語学習についてなど、いろいろなお話を伺いました!
▽Global Teacher Prize(グローバル・ティーチャー賞)とは?
イギリスの国際教育機関Varkey財団が設立。“教育界のノーベル賞”とも称される。教育分野で優れた功績を挙げた教諭・教師・先生を表彰。正頭先生は2019年、世界150か国以上、約3万人のエントリーの中から日本人小学校教員として初となるTop10に選ばれた。
▲アラブ首長国連邦ドバイで行われたグローバル・ティーチャー賞授賞式(左から4人目が正頭先生)。
正頭先生は、教諭の他にエデュテイメントプロデューサーとしての顔もお持ちです。「エデュテイメント」とは、エンターテイメントとエデュケーション(教育)を合わせた言葉。“ゲームで学ぶという選択肢があってもいいんじゃない?”とおっしゃる正頭先生に、ゲームと学びについて伺いました。
【正頭英和(しょうとう・ひでかず)先生】
立命館小学校教諭、学校法人立命館 起業・事業化推進室 教育プロデューサー。
1983年大阪府生まれ。関西外国語大学外国語学部卒業。関西大学大学院修了(外国語教育学修士)。
京都市公立中学校、立命館中学校・高等学校を経て現職。2019年の「Global Teacher Prize」トップ10に選出。AI時代・グローバル時代の教育をテーマにした講演も多数。著書に『世界トップティーチャーが教える 子どもの未来が変わる英語の教科書』(講談社)、『桃太郎電鉄教育版 日本全国すごろくドリル:小学1年生 かん字・けいさん・プログラミング・日本ちず』(小学館)等がある。
英語の授業にゲームの「マインクラフト(マイクラ)」を使い始めたのは2017年。私が勤務する立命館小学校が、アメリカ・マイクロソフト社の「Microsoft Showcase Schools」認定校になっていて、試しに使ってみませんか?というお話をいただいたからです。
ですが私は当時、マイクラについてよく知りませんでした。そこでゲームのことに詳しい子どもたちに、「授業でマイクラをやりたいなら自分たちで使い方を考えてごらん」と投げかけてみました。すると、ワーッと歓声が上がってみんな大盛り上がり! おもしろいアイデアをたくさん出してくれました。それらの中から「外国人に京都の観光名所を案内する」というアイデアを採用することに。4~5人のグループに分かれて、みんなで協力し合いながら平等院鳳凰堂や金閣寺などの歴史建造物をマイクラで作成しました。
▲京都の観光スポットをマイクラで再現する子どもたち。下はマイクラでつくった平等院鳳凰堂。
「とりあえずやってみよう」くらいのノリで始めた“マイクラ授業”でしたが、子どもたちの反応は想像以上でした。それで「設定などをもっとしっかりとつくり込んで授業で活用できるようにしよう」と本格的に取り組み始めました。
私の担当教科は英語(当時)なので、グループ内での会話は基本的に英語のみとしました。すると子どもたちは話したいのに話せない、聞きたいのに聞けない、という“困った”状況になります。これがポイントで、その“困った”を解決するために、「〇〇は英語で何て言うのか知りたい」「△△を英語でどう表現したらいいんだろう」となります。間違えたら恥ずかしいと黙っているとグループ内でコミュニケーションがとれませんから、嫌でも話さざるを得なくなるんですね。
マイクラを子どもたちの学びの意欲を高めるツールとして使ったわけですが、効果は抜群で、子どもたちの言葉の精度はかなり上がりました。
2018年には、アメリカ・シアトルにある小学校とビデオ通話で交流する授業も行いました。マイクラでつくった作品を英語でプレゼンテーションし、それに対して現地の子どもたちから良かった点やわかりにくかった点をフィードバックしてもらうのです。その内容を聞いて、デザインやプログラミングを担当する子がその場で修正して……と役割分担をして進めました。
この一連の授業は、子どもたちにとってとてもおもしろい体験になったと思います。他の授業では見せたことがないようなイキイキとした表情で授業を楽しむ子どもたちを見て、ゲームと学習を融合させることの可能性を感じました。
マインクラフトを使った授業で手ごたえをつかめたので、他にも教育に活用できるゲームがないかなと考えました。そこで思いついたのが『桃太郎電鉄(桃鉄)』です。桃鉄は小さい頃にやって楽しかった覚えがあり、そもそも教育にピッタリだと思っていました。私のまわりには「『桃鉄』で日本の地名や地域の特産品を覚えた」という人がたくさんいて“桃鉄で学ぶ”がパッとイメージできたんですね。
そこで、メーカーのKONAMIに「『桃鉄』の教育版をつくりませんか?」と連絡。すぐに返事が来たものの“ゲームを使った授業がピンとこない”とのことだったので、マイクラを使った授業をKONAMIの担当の方に見てもらいました。そうしてゲームが教育に活用できることを理解してもらった上で制作がスタート。私はエデュテイメントプロデューサーとして関わらせてもらいました。
『桃鉄 教育版』は、学校などの教育機関に無償で提供されています。導入している学校は12300校を超えていて、そのうちの6800校は小学校です(2025年3月時点)。全国の約35%の小学校で使われているので、「授業で『桃鉄』やったよ!」という人もいるかもしれません。
私が目指しているのは“遊んでいるうちに気づいたら学んでいた”という状況をつくること。ゲームを使って楽しく学ぶという選択肢が加わり、子どもたちの学び方がもっと広がればいいなと思います。
私の「英和」という名前は、祖父が“将来、英語が話せて平和に暮らせるように”という思いを込めてつけてくれました。
今でもよく覚えているのは、祖父が大きな紙に書いたアルファベット表を壁に貼り、祖父の膝に座ってそれを一緒に読み上げたことです。英語ができなかった祖父が、なぜこのようなことをしてくれたのか、今もよくわからないのですが……。
ただ、子どもの時から英語に興味を持ち、結果的に英語教師という職業に就いた理由に、祖父とのこの思い出が影響していることは間違いありません。
幼い頃に英語に触れていたとはいえ、英語の塾に通うなど、特別なことは何もしていません。英語に関しては、数学ほどいろいろな公式を覚えたり考えたりする必要はないし、社会のように歴史の年号や歴史上の人物、時代背景などを暗記しなくてもいい。覚えることは他の教科と比べると断然少ないから、取り組みやすい教科だと思っていました。
外国語大学に進学して本格的に英語を学び始めた私は、3年生の時、アルバイトで貯めたお金で初めてのアメリカ旅行へ。この時、英語がまったく通じなかった経験が、英語教師を目指すきっかけになりました。
一生懸命しゃべっても変な顔をして聞き返されるばかり……。ショックを受ける私に追い打ちをかけたのは、同い年の日本人女性との出会いです。彼女は医者になるためにアメリカに渡っていて、もちろん英語はペラペラ。一方の私は英語を学ぶために来たのにまったく通じなくて困っている……。この差はなんなんだ、と。
英語の成績はずっと良くて大学でもかなり力を入れて勉強していました。それなのに英語が通じないという現実に直面し、この理由は何だろうと考えた時に私は、「学校の教え方が悪かったせいだ」と思ったんです。それで「よし、それなら自分が英語教師になろう」と決意しました。
今振り返ると若気の至りとしか言いようがないのですが(笑)、その時は「日本の教育が悪い」と決めつけてしまったんですね。ですが、自分が教師という職業に就いて、日本の英語教育レベルが決して低くないことがよくわかりました。要するに私は、自分では真面目に勉強に取り組んでいたつもりでしたが、海外で夢を叶えるためにがむしゃらに頑張っている人たちと比べると、どこかに甘さがあったのだろうと思います。
教師を目指すことにしたものの、3年生まで教員免許の取得に必要な講義を受けておらず、教育実習が卒業後にずれ込むことになりました。当然、教職に就けるのも1年後。さてどうしようと思っていたところ、自宅からすぐの大学の大学院に新しく外国語教育の研究科ができると知り、受験しました。無事合格し、この大学院で、英語教育の“師匠”といえる教授と出会うことができました。
英語教育に対して並々ならぬ情熱と強い責任感を持った大変厳しい先生で、特に徹底的に指導されたのは発音です。「教師が話す英語は“商品”だ。それを正確に発音できないなど論外だ」と何度も何度も直されました。ついていくのは大変でしたが、自分が確実に上達している感覚があったので、楽しくもありました。
この先生のもとで“教える”ことの根本を学べたことはとても有意義な時間でした。そして、先生のような英語教師になりたい、と強く思うようになりました。
そして1年後、晴れて教師になり、今に至ります。今は立命館小学校で「ICT」という科目を担当しています。
「先生はどうやって英語を学んでいましたか」ときかれることがよくあります。結論から言うと、特別な勉強法や独自のメソッドがあったわけではありません。単語帳をパラパラとめくりながら英単語を1つずつ覚える……私が学生の頃に誰もがしていたこんな勉強法を実践していました。
仮に、効率の良い何か特別な勉強法をしていたとしても、それは皆さんの参考にはならないでしょう。なぜなら、今皆さんの手元にあるスマートフォンやインターネットといったICT(情報通信技術)ツールや生成AIを使った方が、はるかに効果的な学習ができるからです。
個人的には、ICTツールによる英語学習の一番のメリットは、リスニングの勉強がしやすい点だと思っています。いつでもどこでも手軽にネイティブの発音を聞くことができるアプリなどは、最適な学習サポートツールだと言えます。自分が話した英語を聞き取って発音をチェックしたり、人間が学習(記憶)した内容を、忘れていく時間と割合を表す「忘却曲線」に合わせてタイミングよく出題するアプリもあります。主要5教科の中でも英語はICTツールとの相性が抜群なので、使わない手はありません。
私は、「自分が習ってきたように教えない」という意識で指導しています。それは、時代が変われば最適な指導法や学習法も異なってくるからです。
ICTを活用した勉強法は、まさに良い例です。インターネットもスマホもなかった時代の勉強法は、「ひたすら書いて覚える」といった、今から思うと非効率的な方法が主流でした。ですが今は、アプリや電子パッドなどを使った効率的な学習が可能です。私が学生時代に実践していた勉強法で、参考になるようなことはほとんどありません。皆さんには今ある最新のICTツールをどんどん活用し、効率良く学んでほしいと思います。
ICTツールや生成AIを使った学習のメリットは他にもあります。そのひとつが、一人ひとりの学習レベルや趣味に合わせて“カスタマイズ”できることです。例えば、野球が好きなら生成AIに「野球に関する内容の英文を、英検2級レベルで書いて」と指示を出せば、すぐに書き出してくれます。他にも、推しのアイドルについての説明文を、自分の英語のレベルに合わせて書いてもらうとか……。
このように、個人の興味や英語力のレベルに合わせた、いわば“自分オリジナルの学習サポート”をしてもらえるのです。これなら、英語は苦手という人も興味を持って取り組めると思いませんか?
無料の生成AIやアプリを使って、自分が書いた英文の添削や、内容に関するフィードバックをしてもらうことも可能になりました。自分が興味のあることと英語を結びつけた上で、最新のICTツールを活用して学ぶという、今の時代だからこそできる英語学習をぜひ試してみてください。
これまで、英語を積極的に学ぶ人の多くは「海外で活躍したい」といった、どちらかというとオフェンス(攻め)寄りの動機が多かったように思います。もちろん、それも素晴らしい理由なので、自分の英語力を駆使して世界にどんどんはばたいて行ってほしいと思います。
一方で私は、自分の身を守るため、つまりディフェンス(守り)のための英語にも注目しています。例えば今、日本で暮らしているあなたが、何らかの理由で“息苦しさ”を感じているとしましょう。海外に飛び出すことで、その問題は解決できるかもしれない。でもその時、英語ができなかったら、海外に行くという選択肢はすぐには出てこないでしょう。
日本から抜け出しさえすれば、自分らしい生き方ができるかもしれないのに、英語ができないという理由でその可能性を閉ざしてしまうのは、あまりにももったいない話です。海外に“逃げる”ことは、海外に“進出”することと同じくらい、可能性を広げる前向きな行為です。こうしたことからも、皆さんが今、英語を学んでいて損はないと思いますよ。
“逃げるため”に英語を学ぶという話をしましたが、教師をしていると、そもそも「どうして勉強しなくてはいけないの?」という質問をよく受けます。この問いに対しては、「勉強することで知識を手に入れ、自分の人生を豊かにするためだよ」と答えています。
“知識とはメガネである”という言葉を聞いたことがありますか? メガネをかけると見えなかったものが見えるようになりますよね。それと同じように、知識を身につけると、世界のいろいろな物事が見えて、理解できるようになるのです。反対に、サングラスをかければ、見たくないものを遮断することもできます。そのメガネ(知識)を手に入れるためのひとつの手段が、勉強なのです。
英語というメガネ(知識)があれば、前で述べたように、海外に逃げる道や活躍する道が見えるようになります。知識というメガネは、自分の人生を豊かにし、幸せにしてくれるのです。自分がどんな道に進むのか、進みたいのか、今はまだ決められないかもしれないけれど、決めなければならない時がいつか来ます。その時に知識をたくさん持っていれば、いろいろな選択肢の中から自由に選ぶことができますよ。
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