2022年5月号特集① 錯覚は不思議でおもしろい!

 同じ大きさなのに違って見えたり、同じ絵を見ているのに違うものに見えたりする「だまし絵」、不思議でおもしろいですよね。ものごとを実際とは異なるように知覚する現象、目の錯覚のことを「錯視」と言い、だまし絵はこの現象を利用して描かれています。
 今回お話を伺った明治大学の杉原厚吉先生は、錯視の仕組みについて数学を使って解き明かす研究をされています。先生は「不可能立体」と呼ばれる、絵には描けても立体としてはあり得ないと思われていただまし絵の中に、数学を使うと作れるものがあることを発見されたそうです。不思議な「だまし絵立体」について、楽しくわかりやすく教えてもらいましょう!

画像は、杉原先生の錯視図形「激流」。静止図形なのに、そこに描かれた水面が大きく揺れるように見えます。

錯視の世界を楽しもう!

錯視には、単に見間違えるだけではなく、事実を教えられても直らないという性質があります。まずはそんな不思議な錯視の世界を楽しんでみてください。

杉原 厚吉(すぎはら・こうきち)
明治大学 研究・知財戦略機構 先端数理科学インスティテュート 研究特別教授。工学博士。
1973年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。電子技術総合研究所、名古屋大学、東京大学などを経て、2009年4月より明治大学に着任。専門は数理工学。だまし絵や錯視の数学的研究も行っており、様々な不可能立体を創作。国際ベスト錯覚コンテストで優勝、準優勝、入賞を重ねている。『不可能物体の数理』(森北出版)、『大学教授という仕事』(水曜社)、『わかっていても騙される 錯覚クイズ』(大和書房)、『スウガクって、なんの役に立ちますか?』(誠文堂新光社)、『新錯視図鑑』(同)など著書多数。

平面の錯視

平面の図形での錯視は古典的でおもしろいものが多くあり、杉原先生も様々な作品を作っています。

「昼と夜」

4羽の鳥は全て同じ灰色ですが、左の2羽は暗い灰色、右の2羽は明るい灰色のように見えます。背景が左から右へ向かってだんだん暗くなるため、私たちの脳は、左は明るく照らされ、右はあまり照らされていないと感じます。その結果、左は濃い灰色、右は薄い灰色だろうと推測して知覚するのです。古くからよく知られている錯視です。

「竹林の背比べ」

竹の節から節までの長さは全て同じですが、1つおきに長いものと短いものが並んでいるように見えます。竹の葉の向きの違いによって起こるもので、葉が向いた方は短く、向かない方は長く見えます。19世紀後半にドイツの心理学者、ミュラー・リヤーによって発見されたので、ミュラー・リヤー錯視と呼ばれています。

立体の錯視

立体の錯視はこれまでほとんどありませんでしたが、杉原先生によって様々な作品が作られています。

だまし絵立体「無限階段」

だまし絵画家として有名なエッシャーの「上昇と下降」(1960年)に描かれた階段です。登り続けるといつの間にか出発点に戻ってしまうという実際にはあり得ない階段ですが、杉原先生が立体として作れることを発見しました。

不可能モーション立体「なんでも吸引4方向すべり台」

2010年の第6回ベスト錯覚コンテストで優勝した作品です。あり得ない動きをするように見える立体で、4つの斜面に球を置くとどれも中央の最も高いところに向かって登っていくように見えます。

「なんでも吸引4方向すべり台」YouTube動画
https://youtu.be/hAXm0dIuyug

変身立体「丸四角」

2016年の第12回ベスト錯覚コンテストで準優勝を獲得した作品です。直接見ると円柱の集まりに見えますが、鏡の中では角柱の集まりに見えます。2つの特別な角度から見た時に、全く別のものに見えて、同じものとは信じられないような立体を作ることができます。

「丸四角」YouTube動画
https://youtu.be/oWfFco7K9v8

杉原先生のホームページでは、他にもたくさんの作品が紹介されています。
http://www.isc.meiji.ac.jp/~kokichis/Welcomej.html

錯視の仕組みが数学でわかる?

 不思議な錯視作品を次々と作り出されている杉原先生。錯視の研究に数学を利用すると、これまでになかったような錯視がどんどん発見できるそうです。錯視の仕組みや、どう数学を使うのか、詳しく教えてもらいましょう!

脳は奥行きを想像で補う

 錯視にはいろいろな種類があり、まだ仕組みがわかっていないものも多いですが、私の研究している立体に関する錯視は比較的わかりやすく説明できます。人がものを見る時は、網膜に映った画像が脳に送られて、目の前の状況を判断します。ですが、私たちが過ごしているのは奥行きのある三次元の世界なのに、網膜に映る画像は二次元です。脳は、消えてしまった奥行きの情報を想像で補って、目の前の状況を判断しているのです。想像ですから、間違えることがあるのは当たり前ですよね。この間違いが錯視なので、錯視は起こって当たり前のものです。
 錯視はこれまで主に、視覚心理学や認知科学、人間がどう考えて認識するかといった方面から研究される学問分野でした。そこに数学を持ち込んだというのが私の研究スタイルの特徴です。人間の脳は網膜に映った画像から立体を想像する時、ひとつしか思い浮かべませんが、本当は多くの可能性があり、数学を使うとそれらを全て挙げることができます。
 私はもともとロボットの目の開発をしていて、コンピュータが二次元の画像にどう奥行きを与えて三次元として処理するのかを研究していた時、画像から立体を復元する方程式を見つけました。その方程式を解いて答えが出なければ、画像と一致する立体は存在しないのですが、人間が見ると存在しない立体だと感じる画像の中にも、方程式を解いてみると答えが出るものがありました。その結果に基づいて実際に立体を作ると、錯視が起こるのです。

錯視を強めたり弱めたりできる

 数学を使って立体錯視を研究しているのは私くらいなので、人と違うことがいっぱいできるのですが、中でも新しい錯視作品をどんどん設計できるのが楽しいですね。もちろん1回でうまくいくわけではなく、方程式を立てるのも、立体を工作するのも、やってみて修正することの繰り返しです。ですが、完成した作品で本当に錯視が起こると、自分でも楽しいし、人に見せると驚いてもらえて、また楽しめます。
 そうやって方程式をたくさん立てていくと、本当はこんな可能性があるのに人間はそれに思い至らない、というギャップがわかってきます。心理学などからの錯視研究は、人間がどう見たかという観察データを集めて脳がしていることを探るものですが、数学を使うと、脳がしていることだけではなく、脳が無視していることもわかるのです。そして、どのように条件を変えたら、錯視が増えるか減るかも計算でわかります。なので、錯視を強めることと弱めることの両方に数学が利用できます。

安全で楽しい社会にしたい

 錯視は、仕組みを理解していても起こってしまうので、完全になくすことはできません。ですが、ものごとが実際とは違って見えてしまう現象なので、安全で快適な生活のためにはない方がいいのです。例えば、車を運転している時、道のカーブが実際より緩やかに見えてしまったら、スピードをあまり落とさずに曲がろうとして、曲がり切れずに事故を起こしてしまうかもしれません。また、ホテルや旅館などの部屋の写真が実際より広く見えるように撮られていたら、騙されたように感じてしまうかもしれません。そういうことが減らせるよう、錯視が起こりやすいカーブに注意書きの標識を立てたり、実際に近い画像に変換できる仕組みを作ったりすれば、より良い社会づくりに貢献できると考えています。
 このように、錯視は弱める研究の方が大切なのですが、安全が確保できる場面、エンターテインメント方面であれば、錯視を強める研究も活かせます。こちらの方が注目されることが多いですね。紙で錯覚立体が工作できるキットなどの本もたくさん出していますし、科学館などでは目の仕組みを考えるための展示として紹介されています。また、神社に見る方向によって違う形に見える賽銭箱を奉納したり、スキー場で高台から見ると斜面を上がっているように見えるすべり台を作ったり、観光資源としても利用してもらっています。他に、食器やアクセサリーにもなっています。たくさんの人が錯視を楽しんで、興味を持ってくれると嬉しいです。錯視を弱める方でも強める方でも、まだまだできること、やりたいことがいっぱいあります。

数学は様々なことに使える便利な道具

 杉原先生にとって、数学は"役に立つ道具"とのこと。数学との出会いなど、先生ご自身のことについてもお話を伺い、関塾生の皆さんへのメッセージもいただきました。

方程式ってすごい!

 数学の研究と聞くと、数の性質を探って解明する、日常生活とは違う世界の学問だと思う人が多いかもしれません。ですが、私の専門の数理工学は、数学を道具として使って、様々な現象の仕組みを解明し、それを日常生活に役立てよう、という学問です。私の場合は、目の仕組みを解明するのに数学を使っているわけですね。
 小学生の頃から、解けたという明確な手応えがある算数が好きだったのですが、中学校の数学で方程式を習って、大変感動しました。それまでは、つるかめ算とか植木算とか、こういうパターンはこう解くのだと一つひとつ習って覚えていたのに、方程式が出てきたら、それらは全部忘れてもいいですよ、と。わからないことを文字に表して式を立てるだけで、どんな問題でも解ける。なんて便利なものなんだろうと思いました。さらに高校で平面などの図形も方程式で表せると習って、ますます楽しくなりました。私にとっての数学は、最初から便利なもの、役に立つものだったのです。

錯視研究は趣味で続けていた

 数学はずっと好きでしたが、数そのものを研究することには興味がなく、これからの日本社会で活躍するならものづくりだという時代でもあったので、大学は工学部に進みました。そうしたら、工学部でも数学がたくさん使われていて、やっぱり数学って役に立つんだとわかり、数理工学を専門に選びました。別々に興味があったものが結びついたという感じです。
 錯視の研究を本格的に始めたのは、60歳で明治大学に来てからです。それまでは、ロボットの目を開発したり、情報工学・数理情報学の教員をしたりしていました。そこでは、だまし絵を立体にする工作などをしていると、ただ遊んでいるだけのように見られてしまうような雰囲気がありました。ですが、だまし絵は子どもの頃から好きで、それを立体として作るおもしろさは他のことには代えられなかったので、仕事以外の時間を使って夜中などに、ずっと趣味として続けていました。だから仕事としても研究できるようになった時はとても嬉しかったですね。

身近な不思議を考えよう

 私たちの周りにはまだまだわかっていないことがたくさんあります。例えば、目でものを見るというのはすごく身近な当たり前のことですよね。ですが、錯視を知ると、いつでも正しく見えているわけではないとわかります。錯視を楽しむことを通して、目で見るというのは一体どういうことなんだろう、脳は何をしているんだろう、と身近な不思議について考えてみてもらえたら嬉しいです。
 また、そういう不思議について考える時、数学がとても便利な道具だということも伝えたいです。好き嫌いが分かれやすい教科なので、関塾生の皆さんの中にも数学を苦手だという人はきっといるでしょう。苦手な人に好きになってもらうのは難しいかもしれませんが、便利な道具なんだともっと知ってほしいなと思っています。数学がおもしろいと言われても、好きじゃない人は興味を持たないでしょうが、役に立つから知っておかないと損ですよ、と言われると、ちょっと勉強してみようかな、という気になりませんか?
 とはいえ、苦手な人に必要以上に勉強しろと言っているわけではありません。私は数学が好きなので、数学って便利なんですよ、とお話ししていますが、皆さんも自分の好きなこと、得意なことをぜひ続けてください。身の回りにまだまだたくさん残っている不思議なことを探して、それを見つけられたら、自分の得意なことを使って調べられないかな、解決できないかな、そんな風に考えてみてくださいね。

関塾

タイムス編集部

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