2020年9月号特集① ヒトと病原体のたたかい

 新型コロナウイルスの感染が世界中で広がっています。ウイルスや細菌などの病原体の怖さを改めて思い知らされましたが、人類ははるか昔から、ペストや天然痘、スペイン風邪など様々な感染症とたたかってきました。これらの中には根絶できたものもある一方で、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)やエボラウイルスといった新種のウイルスが次々に登場し、新たな脅威となっています。進化を続ける病原体に、わたしたちはどう対応していけばいいのでしょうか――。

感染症について知ろう ~どのように感染し広がるのか?

感染症とは?

 感染症とは、わたしたちを取り巻く環境(大気や水、土壌、動物など)の中に存在する病原性の微生物(=病原体)が体内に侵入し、様々な症状を引き起こす病気です。
 感染症の原因となる病原体は、細菌、ウイルス、真菌(カビ)、寄生虫などに分類されますが、ここでは細菌とウイルスに注目しましょう。どちらも目に見えないとても小さい存在ですが、どのような違いがあるか知っていますか?

細菌とウイルスの違い

細菌は自ら栄養を摂取して増殖

 細菌は細胞が1つしかない単細胞生物で、バクテリアとも言います。栄養源があれば、細胞分裂をしながら増えていくことができます。ヒトの体に侵入して病気を起こす有害な細菌(結核菌、コレラ菌、大腸菌、ピロリ菌、ペスト菌、サルモネラ菌、赤痢菌など)がいる一方、有益な働きをするもの(腸内にいるビフィズス菌など)もあります。1000分の1㎜ほどの大きさで、顕微鏡で見ることができます。

ウイルスは自分だけでは生きられない

 ウイルスは自分の体を形成する細胞を持たず、単独では増殖することができないので、他の生物の細胞に寄生して増殖します。寄生された生物を「宿主」と言いますが、ウイルスは宿主の力を借りて自分のコピーである“子ウイルス”を大量につくり出します。子ウイルスは細胞を飛び出してまた別の細胞に入り込み、さらに増殖していきます。乗っ取られた細胞は正常な働きができなくなり、その結果、宿主に様々な病気を引き起こすのです。ウイルスは細菌の10分の1〜100分の1ほどの大きさで、電子顕微鏡でしか見ることができません。インフルエンザウイルスやノロウイルス、アデノウイルス、肝炎ウイルスなどがよく知られていますが、現在、地球上には5000種類以上ものウイルスがあることが確認されています。
 では、こうした病原体は、どのようにしてヒトや動物に感染するのでしょうか?

感染源はヒトや動物、昆虫など

 感染症の感染源は、病原体に感染したヒトや動物、昆虫の他、病原体に汚染されたものや食品などです。具体的には、感染者や感染した動物の排泄物や嘔吐物、血液、体液などや、保菌者(病原体を体内に持ちながら発病していない人)が接触したものなどを通して感染します。感染を広げないためには、感染源であるヒトや動物を隔離したり、接触したものを消毒したりすることが有効な方法となります。

主な感染経路は3つ

 主な感染経路は、接触感染、飛沫感染、空気感染の3つです。
 「接触感染」とは、病原体が付着したドアノブや手すり、電車のつり革、スイッチ、便座などに触る、または感染者との直接的な接触によって、口や鼻、目から病原体が体内に侵入し感染するものです。
 「飛沫感染」は、感染者が咳やくしゃみをしたり会話をしたりした時に飛ぶ飛沫に含まれる病原体を吸い込んで感染するケースで、インフルエンザや風邪は、飛沫感染が感染拡大の大きな要因です。飛沫の大きさは直径0・005㎜以上で水分を含んでいるため、ある程度の重さがあり、回りに届く範囲は1~2m程度とみられます。ですから、マスクを着用したり他の人と一定の距離を保ったりすることが、感染予防に非常に有効です。
 3つめの「空気感染」は「飛沫核感染」とも言います。飛沫核とは、飛沫の水分が蒸発した小さな粒子(直径0・005㎜以下)のことで、水分を含まないため軽く、長い時間空気中に浮遊し続けます。この飛沫核を吸い込んで感染するのが飛沫核感染(空気感染)で、感染者と十分な距離をとっていても感染してしまう可能性があります。
 細菌やウイルスは、このように様々な手段を使ってヒトや動物に感染します。そうすることで、滅びることなく長い年月を生き延びてきたのです。地球上に人類が出現したのは約700万年前ですが、ウイルスはそれよりはるか昔の30億年以上も前から存在していると言われ、その長い歴史の中では時にすさまじい感染力を発揮し、多くの人を死に至らしめる世界的大流行(パンデミック)を引き起こしてきました。

ヒトと感染症の歴史 ~根絶成功の一方で新しいウイルスが出現

人類を脅かすパンデミック

 “人類の歴史は感染症とのたたかいの歴史”と言われるほど、人類は昔から見えない敵=病原体とのたたかいを繰り返してきました。人類が誕生するよりずっと以前から地球上に存在する細菌やウイルスは、ヒトと共生しながら、人々がたくさん集まるところに現れては勢力を広げ、大勢の人の命を奪ってきたのです。
 ここでは、これまでに世界的に大流行した代表的な感染症を紹介しましょう。

世界で猛威をふるった感染症① ペスト

 パンデミックを起こした感染症の中で、特によく知られているのがペストです。これまでに度々大規模な流行が起きており、古くは6世紀の東ローマ帝国を中心にパンデミックが起きたという記録が残っています。この流行は約200年も続き、1億人以上が死亡しました。14世紀にはヨーロッパで2度目のパンデミックが発生。ヨーロッパの全人口の3分の1が失われたとされています。
 ペストにかかると皮膚に黒い斑点ができることから「黒死病」と呼ばれ恐れられました。17世紀のイタリアでは悪性の空気が感染源と考えられたため、治療にあたった医師はガウンで全身を覆い、空気を浄化する効果を期待して香辛料を入れたくちばし状のマスクを装着していたとか。
 3度目の大流行は19世紀末に香港で発生しました。この時の死亡者は1000万人程度で、過去2回のパンデミックと比較すると大幅に少なくなっています。これは日本の細菌学者・北里柴三郎の功績によるもの。大流行が起きた1894年に香港へ渡った北里博士はペスト菌を発見。これによって有効な予防法や消毒法が行われるようになり、多くの人々をペストから救いました。

▲17世紀のペストの治療医。

世界で猛威をふるった感染症② 天然痘

 約3000年前に死亡した古代エジプトの王・ラムセス5世のミイラからも天然痘の跡が見つかっているほど古くからある感染症です。人々の交流や貿易が盛んになるにつれて世界に広がり、戦争も感染拡大の要因になりました。感染力が非常に強く、死亡率は20〜50%にも達し、かつては全人類の10分の1が天然痘で亡くなった、とも言われています。天然痘ウイルスに感染すると、高熱が出た後、顔や腕、足を中心に全身に痛みを伴う水ぶくれのようなブツブツ(膿疱)ができ、その跡は生涯消えずに残ります。その症状から、ヨーロッパでは「まだらの怪物」と呼ばれました。日本では奈良時代から流行するようになり、以後、周期的に流行を繰り返しました。
 19世紀になってワクチンが開発され、ワクチン接種が急速に広まったことで天然痘ウイルスは地上から撲滅されました。世界保健機関(WHO)は1980年に根絶を宣言。天然痘は人類が唯一、根絶に成功した感染症です。

世界で猛威をふるった感染症③ スペイン風邪

 スペイン風邪は、インフルエンザの中でも“新型”に属するものでした。それまで流行を引き起こしていたウイルスが変異した新しいタイプだったため世界的に蔓延し、1918~1919年にかけて2000万~5000万人もの人が犠牲になりました。流行したのは第一次世界大戦の最中で、最初はアメリカ軍の兵士間で広がり、その後、船でヨーロッパに派遣された兵士から各国の軍隊へ拡大したと考えられています。

世界で猛威をふるった感染症④ エボラ出血熱

 エボラウイルスが原因で起こる全身性の感染症で、致死率は20%から最大で90%に達することも。1976年、中央アフリカで初めて発見されて以降、主にアフリカ大陸で集団感染が繰り返し起きています。感染すると嘔吐や下痢が続いた後、死に至るケースが多く、現時点で有効な治療法や予防法はありません。病原体を危険度によって4つに分類した指標では、最も危険な“レベル4”にランクされています。

世界で猛威をふるった感染症⑤ AIDS(後天性免疫不全症候群)

 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に感染することで発症します。1981年にアメリカで最初の患者が見つかりました。HIVは体に備わっている免疫機能を破壊するため、感染するとあらゆる感染症にかかりやすくなります。一時は「AIDS=死の病」と恐れられましたが、治療法が進歩したことで先進諸国では、早期に見つけ治療を行えば、通常の生活を送ることも可能になってきています。

世界で猛威をふるった感染症⑥ SARS(重症急性呼吸器症候群)

 2002年11月に中国広東省でヒトからヒトに感染する未知の病原体が現れ、短期間のうちに世界中に広がりました。感染すると急に38℃以上の高熱が出て、咳や呼吸困難などの症状を引き起こす肺炎を発症することから、WHOは重症急性呼吸器症候群(SARS)と命名。8か月後の2003年7月に制圧宣言が出され終息しましたが、感染者数は8098人、死亡者は774人に達しました。

続出する新たな感染症 ~復活する感染症にも注意

次々に出現するウイルス

 世界ではこの数十年の間に次々と新しいウイルスが見つかっています。エボラウイルスやHIVの他にも、ラッサ熱の原因となるラッサウイルス(1969年、ナイジェリアで発見)や、脳炎や脊髄炎を引き起こすニパウイルス(1998年、マレーシアで発見)など、少なくとも20種類以上あることが確認されています。
 こうした突如出現したウイルスによって発生し、社会に大きな影響を及ぼす感染症を「エマージング感染症」と言います。エマージング(emerging)とは“新たに出現する”という意味。エマージング感染症には、「新興感染症」と「再興感染症」があります。新興感染症は、今まで知られていなかった病原体が新たな感染症を引き起こすものです。再興感染症は、過去に流行して一時はおさまったものの再び流行する感染症のことで、この約半世紀の間に発生したエマージング感染症は合わせて約40にものぼります。
 わたしたちは新しく出現するウイルスに警戒すると共に、再び勢力を広げようとする病原体にも対抗しなくてはならないのです。ヒトと感染症のたたかいは、終わりのないたたかいと言えるかもしれません。

病原体から体を守ろう ~免疫力を高めるには?

体を守る「免疫」の仕組み

 細菌やウイルスなどの病原体が体に侵入した時、病原体を排除し感染を防ぐために働くのが「免疫」です。わたしたちが、病原体に接触してもほとんどの場合、感染症にかからずにすんでいるのは、この免疫システムが働いてくれるからです。
 免疫は二重の防衛システムで異物の侵入を防いでいます。1つめは、外から侵入しようとする異物を手あたり次第に排除するシステムで、ヒトが生まれつき持っている自己防衛反応です。ほとんどの異物はこの段階で排除されます。2つめは、体に侵入してくる異物を見きわめ、ねらい撃ちで攻撃するシステムです。免疫は、一度感染した病原体に対して、それに合った武器(抗体)をつくり、備えておくという仕組みがあります。次に同じ病原体が侵入した時には抗体で病原体を封じ込め、活動できなくするのです。
 こうした防御システムの最前線で活躍するのは、様々な免疫細胞たち。病原体を処理する好中球やマクロファージ、病原体に感染した細胞を破壊するキラーT細胞、抗体をつくるB細胞、キラーT細胞やB細胞に攻撃の指令を出すヘルパーT細胞など、それぞれが自分の役割を果たしながら見事な連携プレーで病原体を排除してくれます。

免疫力を上げる生活を心がけよう

 このような免疫システムをもってしても毎年のようにインフルエンザが流行するのは、インフルエンザウイルスなどの病原体が変異を繰り返すからです。また、前のページで紹介したように、世界では次々と新しいウイルスが出現しています。新種のウイルスが、いつまたどこで生まれるか、誰も予想できません。グローバル化が進んだ現代では、地球上のどこかで生まれたウイルスがあっという間に世界中に広がってしまう可能性が高く、それを封じ込めるのは至難の業と言わざるを得ないでしょう。
 こうした事態に備えてわたしたちがすべきことは、予防策をしっかり講じると共に、病原体に負けないように免疫力を高めておくことです。「免疫力」とは、体力や気力などを合わせた、ヒトが病原体に対抗するための“総合力”と言えます。この総合力=免疫力を高めるには、特別なことをする必要はありません。栄養バランスのとれた食事をする、睡眠や休養をしっかりとる、規則正しい生活を心がけるなどで十分です。これらを実践し普段から免疫力を高めておけば、いつ、どんな病原体が現れてもそれほど恐れることはありません。自分の体は自分で守るという自覚を持ち、感染症を予防しましょう。

関塾

タイムス編集部

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