2023年2月号 わたしの勉学時代 鹿屋体育大学 学長 金久 博昭先生に聞く

温暖な南国の地・鹿児島に学び舎を構える鹿屋体育大学は、国立大学で唯一の体育系大学。スポーツや武道、体育・健康づくりに関する教育と研究を発展させるという使命のもと、地域社会に貢献できる人材、国際感覚を備えリーダーシップを発揮できる指導者の育成に力を入れています。保健体育の教師を目指していた金久博昭先生は、中学と高校で陸上に情熱を注ぎ、大学のゼミでスポーツ科学に出会ったことで研究者の道を志されたそうです。

【金久 博昭(かねひさ・ひろあき)】
1953年生まれ。京都府出身。教育学博士(東京大学)。
76年3月日本体育大学体育学部卒業。78年東京大学大学院教育学研究科体育学専攻修士課程修了、82年同博士課程単位取得満期退学。83年同大学教養学部助手。84年国際武道大学体育学部講師、90年助教授。93年富山大学教育学部助教授。97年東京大学大学院総合文化研究科助教授、2006年教授。10年鹿屋体育大学体育学部教授、14~16年同大学副学長、理事を歴任。19年立命館大学スポーツ健康科学部教授。22年4月鹿屋体育大学学長に就任、現在に至る。専門は体育学。

自然に親しみ、本にも興味

 生まれは京都です。私の故郷の京丹後市は、日本三景のひとつである天橋立の北に位置し、丹後ちりめんで有名なところです。山間にある田舎町で育ち、幼い頃は川で魚を捕まえたり、秋になると山に入って栗拾いをしたりと、身近にある自然が格好の遊び場でした。
 本を読むことも好きで、小学校に入ると図鑑や百科事典、小説などに夢中になりました。「卒業するまでに図書館の本を全部読もう!」。そんな目標を立てたほどです。当時はインターネットなどがない時代で、しかも田舎でしたから、自分が知らない外の世界に出会うには本が有効な手段でした。いつもワクワクしながらページをめくっていましたね。
 家族構成は、父と母、10歳年下の妹の4人です。両親はともに小学校の教員で、2人とも優しくて穏やかな性格でした。勉強のことで口うるさく言われたり、叱られたりした記憶はほとんどありません。共働きで両親がいない時間も多く、そんなことから自然と、自分がやるべきことは責任をもってやらなければ、という意識が芽生えたように思います。

▲読書好きでしたが文章を書く力は身につかなかったようで、大学院時代は苦労しました。小学校からしっかりとした文章を書けるように訓練しておくといいですよ。

自分で追究することが好き

 中学校では陸上部に入り、投てき競技の砲丸投げに情熱を注ぎました。当時はスポーツといえば野球で、私も最初は野球部に入部したのですが、チームプレイを重んじる競技スタイルに馴染めず、陸上部に転部しました。陸上をやろうと思ったきっかけは、1964年に開催された東京オリンピックです。アスリートが走り、跳び、投げる姿をテレビで観て、「人間の体はなんてスゴイいんだ!」と、スポーツを見る目が180度変わるほど衝撃を受けました。
 中学の勉強は、きちんと答えが出る数学が好きでした。一方で、国語は学年が進むにつれて苦手になる一方で……。小学校の頃から本に親しんでいたので読書は好きでしたが、学習指導要領に沿った文法や文章の構成などの授業が多くなると次第におもしろさを感じなくなり、自らシャットアウトしていました(笑)。
 今振り返ると、勉強もスポーツも、自分が興味をもったものは納得するまでとことん追究し、自己完結させることが好きでした。「知りたい」「究めたい」と思ったら、いろいろと調べて専門書にも手を伸ばしました。陸上競技も同じで、自分で体の動きを考えながら繰り返し練習していると、その成果は結果としてあらわれることを身をもって体験しました。そこに魅力を感じて毎日練習に励んでいましたね。

先生の叱咤激励で成長

 高校でも陸上部に入りました。担任が高1から高3までずっと同じ保健体育の先生で、結果的にこのことが自分の進むべき道を選択する決め手になりました。本格的に高校の保健体育の先生になりたいと思ったのは、高2の時だったでしょうか。地元には京都教育大学があり、他に筑波大学も受験の候補として考えましたが、当時は「保健体育の先生を目指す=日本体育大学に行く」というコースが主流でした。担任の先生の母校でもあったので、日体大への進学を決めました。
 高校時代の思い出はたくさんありますが、高3の体調を崩した日のことは鮮明に覚えています。学校行事か何かで朝から全校生徒が集まらなければならない日でしたが、体がつらくて「今日は休もう」と決めた矢先、担任の先生から電話がかかってきました。「お前は体育の先生を目指しているんだろう? 自分の健康管理すらできない者が生徒の前に立って指導できると思うのか!」。電話越しに説教され、思わず背筋が伸びました。体調の悪さもどこへやら、すぐに制服に着替え、自転車に飛び乗って学校へ向かいました。
 今はそこまで厳しくできないかもしれませんが、この叱咤激励のおかげで人間的に成長させてもらえたと感謝しています。確かに自分の体調管理もできず、怠けたり少しでも楽をしようとしたりしていては、教師として生徒のお手本にはなれません。そうした心構えをはじめ、大切なことをたくさん教わりました。

スポーツ科学との出会い

 指導者になるために足りないものは何だろう――。大学に入るとまず自らを省みることから始めました。中高時代は陸上競技に打ち込んだことで、自分の内面と向き合うメンタルの強さが鍛えられました。その一方で“人に向き合う”という面では自信がなかったので、武道でその部分を鍛えようと決意し、大学からでも始めやすかった空手道を習うことに。ですが、最初の2年間は本当にキツかった……。神様が過去に戻してあげようと言っても、この2年だけは絶対に選びません(笑)。稽古の厳しさはもちろんのこと、決めごとが多い寮生活も大変で、何度も辞めようと考えました。そんな時に帰省し、思わず弱音を吐いた私に父は、「逃げて他の道を選ぶのは簡単だが、再びつらくなるとまた逃げることを繰り返すようになるぞ」と。この言葉で自分の意気地のなさを反省し、何が何でも納得がいくまでやり抜く覚悟を固めました。
 大学での勉強は3年からゼミが始まり、そこでスポーツサイエンスの研究室を選んだことで、体育教師一辺倒だった気持ちが揺らぎ始めました。科学の切り口でスポーツに向き合うことがとても新鮮で、これまでとは違う視点からスポーツを深く掘り下げて研究したいと思ったのです。それで東京大学の大学院に進学することにしました。

▲体育の先生になると言っていたので、親には大学院進学を反対されました。だからこそ「余計な心配はかけられない」と一発合格を目指して猛勉強しました。

スポーツ健康都市のモデルを

 日本人の体はどこまで鍛えられるのか?  鍛える時はどこがアッパーリミットで、どのようなトレーニングをすれば身体能力を最大限に引き出せるのか――? 大学院では、科学的に裏付けられた理論に基づくトレーニング法などについて研究しました。そして博士課程を終えて大学の教員になってからは、発育期の子どもや中高年の人たちの健康増進を促す運動処方を追究しました。
 現在、鹿屋体育大学の学長として取り組んでいるのは、スポーツや武道、健康づくりの領域でリーダーシップを発揮して活躍できる人材を育てることです。スポーツ界におけるオピニオンリーダーを育成し、同時に、ますます進む国際化を念頭におき、世界に羽ばたけるアスリートも育てたいと考えています。さらに国立大学の使命として、地域と連携した社会貢献にも力を入れ、スポーツとヘルスプロモーションを通じて、鹿児島を健康寿命世界一に導けるように、スポーツ健康都市のモデルを作ることにも尽力しています。
 私の立場から関塾で頑張っている皆さんに言えることは、メリハリのある生活の中で勉強やクラブ活動に打ち込んでほしいということです。生活リズムを整えるために必要なのは、規則正しい食生活と充分な睡眠、そして気持ち良く体を動かすことです。高校受験や大学受験を乗り越えるには、心身ともに健康であることが何よりも大切です。10代のうちにメリハリのある生活習慣を身につけておけば、受験期だけではなくその先も、将来にわたって健康的な生活が送れるはずです。親御さんの協力も大事ですから、ぜひご家族で意識して取り組んでください。

健康づくりのために安全で効果的な運動内容を決めること。運動の頻度、強度、持続時間、種類を規定して個々の運動メニューが作成される。


 

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