- 特集①
今、インターネットやSNSは人々の生活に欠かせないものとなりました。しかしその一方で、それらを通して「虚偽情報」が拡散され、様々なトラブルが発生し、世界各地の選挙にも影響を与えています。
山脇先生は、新聞記者としてアメリカの首都、ワシントンD.C.に駐在、2016年、SNSの過激な発言で人々の熱狂と分断をあおったトランプ氏が大統領に当選するという「アメリカの転機」を目撃しました。「日本がアメリカのような分断社会になってほしくない」との思いから、現在、メディアリテラシーについての研究、教育に従事する山脇先生に、皆さんに備えておいてほしい知識やスキルについてお話しいただきました。
山脇 岳志 (やまわき たけし)先生
スマートニュース メディア研究所所長
1964年、兵庫県生まれ。京都大学法学部卒業。朝日新聞社で、経済部記者、オックスフォード大学客員研究員(Reuter Fellow)、ワシントン特派員、論説委員、GLOBE編集長、アメリカ総局長、編集委員などを歴任。2022年より現職。著書に『SNS時代のメディアリテラシー』(筑摩書房)など。編著書に『日本の分断はどこにあるのか』(勁草書房)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)など。 立教大学社会学部客員教授、文部科学省中央教育審議会専門委員(情報・技術WG)も務める。
皆さんは、学校や塾で、知り合いの噂をすることがありますか?
「あの人、ピアノがプロ級らしいよ!」といった話もあれば、「万引きで捕まったらしい」といったネガティブな話もあるかもしれません。LINEやXなどのSNSでも、いろんな噂を見かけることもあるかもしれませんね。
その噂を、あなたが友達に話したり、LINEに書き込んだりして、噂話を広めたとします。でも、その情報には嘘が含まれているかもしれません。
噂話というものは、たいてい「証拠」がないから「噂」なのです。そして証拠を探すのは、結構な手間がかかることが多いのです。
私は、新聞社で34年間、記者や編集者をしたあと、6年前に現在の研究所に転職しました。
記者時代に苦労したことの一つは、「噂話」の確認でした。
誰かがこんな犯罪を犯した、議会でこんな対立がある、企業の合併計画が進んでいる――そうした噂話の真偽を、多くの関係者に当たり、真実であると確信が得られれば報道します。しかし、「証拠」が取れなくて報道できず、膨大な努力が水の泡になることはしょっちゅうでした。
噂話の確認作業をたくさんやって、わかったことがあります。世の中の噂話やSNSやインターネットの掲示板に書かれている真偽不明な情報は、実際より極端に伝えられていることが多い、ということです。
調べれば調べるほど、善悪で割り切れず、単純な構図で書けないことも多い。真実はしばしば複雑であることを学びました。
ここで一つ、興味深い研究結果をご紹介しましょう。「虚偽のニュースは、真実よりも速く拡散していく」というものです。
これは、2018年、アメリカの大学の研究で明らかにされました。Twitter(現在のX)でツイートおよびリツイートされた投稿の拡散を追跡したところ、真実のニュースが1500人に届くには、虚偽ニュースの6倍時間がかかっていたことがわかりました。
なぜ虚偽のニュースのほうが広がりやすいのでしょうか。それは虚偽のニュースのほうが、驚きとか怒りなどの人間の感情に訴えやすいからです。
嘘は、いくらでも勝手に作り出すことができます。ほんの少しの事実に、嘘をまぜることで、本当らしくすることもできます。そして、嘘を交えると、誰かを完全な悪者にしやすいなど、読む人の怒りをかきたてやすいですよね。
他愛のない嘘ならば、広がっても害はないかもしれません。しかし、虚偽情報を信じて健康を害したり、誰かの心が大きく傷ついたりといった深刻な被害に結びつくこともたくさんあります。
嘘か本当かわからない情報だと思ったら、それを人に広めず、いったん立ち止まることが大切です。
自分自身で証拠を集めて事実確認するのは大変だという話をしました。
では、どうすればいいのでしょうか? そんなとき便利なのは、新聞やテレビ(ニュース番組)などのマスメディアが報じているのか、チェックすることです。新聞はそれぞれデジタル版も持っていますので、情報源が紙である必要はありません。
マスメディアは、情報を扱うプロが事実かどうかを確認した上で、ニュースを届けます。現場の記者が記事を書くと、上司のキャップやデスクがチェックしますし、さらに校閲の担当者や編集局の幹部が間違いを指摘してくれることもあります。
噂が事実でないならば、報道できない。逆にいえば、マスメディアが報道しているということは、一定の確認を経ているということです。
何重もの確認をしても、人間のやることですから、誤報を出すことはあります。ただ、誤報を出した場合は、通常は訂正記事が出ますし、ひどい誤報の場合は、幹部が処分をされたり辞任したりもします。
一方で、SNSや、YouTubeなどの動画サイトで話されたり書かれたりしていることは、必ずしも何重にチェックを受けているわけではなく、事実関係が間違っていたとしても訂正されないケースが大多数です。
SNSは気軽な気持ちで使っている人が多いと思います。もちろん、それぞれの分野の専門家が素晴らしい内容の情報を発信しているケースも多いです。ただ、SNS全体で見ると、偽情報やよくわからない情報もあり、まさに「玉石混交」だと思います。
UNESCO(国連教育科学文化機関)が2024年に実施した調査によると、世界各地の500人のデジタルコンテンツクリエイターのうち、62%が投稿前に情報の正確性を確認していないことが明らかになっています。
ところで、皆さんは、アルゴリズムという言葉を知っていますか? 問題を解決するための「手順」「手続き」といった意味です。
SNSはコンピューターのアルゴリズムを使って、個々のユーザーに合わせた情報を届けてくれます。また、Googleなどの検索サイトでも、過去の検索履歴などを基に結果が表示されるので、人によって検索結果や表示順が違うことがあります。
アルゴリズムには利点があります。デジタル空間で毎日生み出される情報量は天文学的に多く、その中で、自分が欲しい情報を探すのは大変です。アルゴリズムは、多過ぎる情報の中から、「その人が見たそうな」情報を選んで表示してくれています。
ただ、使う側からみると、SNSや検索サイトのアルゴリズムによって、その人が関心のありそうな、似たような情報ばかりに囲まれてしまいがちです。こうした現象は「フィルターバブル」と言われます。情報があふれているようでいて、むしろ自分にとって見える世界が狭くなりやすいです。
小学校から大学まで様々な学校で授業をすることがありますが、アルゴリズムの仕組みを知らない生徒たちが「Googleの検索結果は、1番上に表示されるものが最も信頼できるものだ」と思い込んでいるケースがあります。
そもそも、便利なSNSや検索サイトが無料で使えることが多いのは、不思議ですよね。
それは、ユーザーがそのサービスを気に入って使い続けてくれることが、SNSや検索サイトを運営するプラットフォーマーの広告収入の増加につながるからです。
私たちは、自分の関心やプライバシーなどを提供する代わりに、無料でサービスを利用していると考えるとわかりやすいでしょう。
そんな中で、スマホやパソコンに映し出される大量の情報と、どう向き合っていくのがよいのでしょうか?
情報との向き合い方は、食べ物に例えるとわかりやすくなります。
新聞やテレビの定時のニュースは、言ってみれば「幕の内弁当」のようなものです。情報のプロが「読者が知っておいたほうがよいこと」という視点で、毎日、バランスを考えながら、ごはんやおかずをつめあわせて提供しています。
あなたにとって好きではないおかずが入っているかもしれませんが、産地や調理法の確認の努力はされている。取材や事実確認には人件費などのコストがかけられているため、有料のケースが多いです。
一方で、SNSや動画投稿サイトは、手軽に様々な人たちが投稿したテキストや動画を見られます。画面に表示されるのはアルゴリズムによって、利用者が「興味を持ちそう」なものです。投稿が並ぶタイムラインは、自分の関心を映し出す「鏡」のようなものです。
この状況は、あなたがアイスクリームが好きだとしたら、次々といろんな種類のアイスクリームが提供されているようなものです。おいしい(楽しい)かもしれませんが、栄養のバランスが偏っていくリスクもあります。
どちらが良いということではありません。それぞれのメディアの特徴を理解しながら、接していくことが大事だと思います。
では、SNSや検索サイトのアルゴリズムによって生じる「フィルターバブル」に陥らないためには、どうしたらよいのでしょうか?
あえて自分の考えや趣味とは違うものを検索してみることは有効です。それによって、アルゴリズムは別の視点の情報を出すようになり、新たな知識や視点を得やすくなるかもしれません。
時折、インターネットやアルゴリズムの世界から離れ、本や雑誌、新聞を読んだり、テレビのニュース番組を見てみたりするのも良い方法でしょう。インターネットやSNSは便利なツールですが、自分の視野を広げるためにアナログを活用することも大事だと思います。
▲メディアリテラシーの授業風景=新潟県佐渡市の小学校で
これまで、情報があふれている時代に情報と付き合う上で知っておいた方がよい様々な話をお伝えしてきました。
最後に、情報とどう向き合うかという大事な話をしたいと思います。
この世の中にある情報、皆さんのスマホから流れてくる情報も、事実か虚偽かわからない情報があふれています。そうした情報を、「白」でも「黒」でもない、グレーな情報と呼ぶことにしましょうか。
生成AI(人工知能)によって、精巧に偽の動画や写真も簡単に作れますし、AIに頼むと文章も上手に書けますから、いま、グレーな情報は激増しています。
では、そのような情報と、どう付き合うべきなのでしょうか?
上智大学の佐藤卓己教授は「あいまいさに耐える」という概念を提唱しています。
私たちは情報を得たら、特に不安に襲われるようなときにはなおさら、「(真偽を)はっきりさせたい」と考えがちです。
でも、無理に真偽をはっきりさせず、「あいまいなままで情報をやり過ごしていい」ということなのです。
グレーな情報を、転送したりシェアしたりしない、不用意に発信しないことは、「あいまいさに耐える」力に含まれます。
グレーな情報は虚偽かもしれません。それを、自分の手元にとどめることは、消極的なことではなく、虚偽だった場合に生じる被害を広げないという「意思のある」行動でもあります。
学校の授業でも、社会に出てからも、情報をどう「活用」するかに注目が集まりがちです。
でも、嘘かもしれないと思ったり、あいまいな情報については放っておいたりすること――つまり、情報の「不活用力」を鍛えていくことも、SNS・AIの時代に必要なメディアリテラシーのスキルだと思います。