• 特集①

関塾タイムス6月号 特集 声とことばの芸能 ―伝統芸能で学ぶ、豊かな表現

日本の伝統芸能は、せりふを声に出し、間をとり、動きを添えて様々な物語を紡ぎ出します。

独特の言い回しや絶妙な間を巧みに操ることで、空間を支配し、笑いを誘い、日本語の魅力を立体的に浮き上がらせます。

落語の笑い、歌舞伎の迫力、能の静けさ、狂言の滑稽さ――。

読むことでは味わえない、芸能のことばの美しさと奥深さを、映像や音声を通して体感しましょう。

笑いで勝負!の伝統話芸 落語

 落語は、たった一人の演者が何人もの登場人物を演じ分け、物語を語る話芸です。話の最後は気の利いたオチで締めくくり、観客の笑いを誘います。

笑い話から生まれた芸

 落語の源流は、戦国時代から江戸時代初期に語られた笑い話にあります。武将たちは「御伽衆」と呼ばれる話し手から物語を聞くことを楽しみにしていました。その一人、僧侶の安楽庵策伝は、そうした話を笑話集『醒睡笑』にまとめました。千話を超える話が収められたこの本が、現在の落語に影響を与えたといわれています。
 口づたえに広まった笑いは江戸の町で磨かれ、「寄席」という場で演じられる芸へと発展。人々が同じ場所に集まり同じ話を聞いて笑う――。その繰り返しで「落語」という形式が整えられていきました。

一人で世界を演じる

 演者は座布団に座ったまま、一人で複数の人物を演じます。演じ分けの基本は顔の向き。舞台の上手側にいるのは立場が上の人物、下手側にいるのは町人や子ども、という決まりで、相手が変わると向く方向も変わります。たとえば、大家さんに話す時は上手、子どもに話す時は下手といった具合です。
 声色や話す速さも演じる人物によって変えます。若者の声は高めに、年配者は低い声でゆっくり話します。また、子どもの名前は「金坊」「亀吉」「健坊」などが多く、「熊五郎」「八五郎」といえば長屋の住人でよく登場する名前。名前だけでなんとなく性格がイメージできるのも、落語の型が共有されているからです。
 落語家が噺を始めると、舞台装置がなくても、寄席の高座にたちまち昔の町や長屋が立ち上がる――。落語は、聞き手の想像力をかきたてる芸だともいえます。

▲舞台(寄席では高座という)に向かって右が上手、左が下手。出演者の名前を書いた札は「めくり」といいます。

しぐさと小道具

 落語の小道具といえば、扇子と手拭い。扇子は箸や筆、煙管に見立てられ、手拭いは本や財布、焼きいもになることもあります。
 戸を叩く音は声で表し、動作は床を叩くしぐさで示します。同じ「座る」動きでも老人と若者では型が異なるため、その違いで人物を演じ分けます。簡素な小道具でも、それらを自在に扱い、しぐさや目線で様々な場面を演出することによって、豊かな表現を生み出すのです。

▲落語家は扇子と手拭いで、「書く」「読む」「食べる」「吸う」など様々な動きを演じます。羽織が着られるようになるのは「二ツ目」から(「二ツ目」は落語家の階級。前座見習い→前座→二ツ目→真打ちの順)。

https://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc20/geino/rakugo/tokucyo4.html

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落語の構成を知ろう

 落語には決まった構成があります。挨拶や時事ネタの「前口上」で始まり、次は本題へ入る導入部分の「マクラ」。マクラでは軽い笑いで場を温めます。その後、物語の中心「本編」へと続き、最後に置かれるのが物語を結ぶ一言、「サゲ」です。

https://rekion.dl.ndl.go.jp/pid/1316808

声で魅せる! 華やかな舞台 歌舞伎

 独特のせりふ回しと、遠くまで届く大きく張る声。一瞬ぴたりと動きを止める「見得」――。歌舞伎は、声と間と型を計算して観客を魅了する総合芸術です。

歌舞伎とは何か

 歌舞伎は江戸時代に成立した演劇です。「歌(音楽)」「舞(踊り)」「伎(演技)」が一体となった総合芸術で、始まりは出雲の阿国という女性が派手な姿で踊ったことにあると伝えられています。
 歌舞伎の語源「かぶく」は、人と違う身なりや振る舞いをする、という意味。日常の会話を再現するのではなく、強調した声と動きで物語を描くのが特徴で、様式美が歌舞伎の最大の魅力といえるでしょう。

せりふと演技様式

 歌舞伎のせりふは日常会話とは大きく異なり、大きく3つの特徴があります。
 1つめは、一音一音をはっきり区切って発声すること。遠くの客席にまで声をはっきり届けるためです。
 2つめは、音の高低差が大きいこと。低くおさえる部分と高く張り上げる部分が明確で、せりふは旋律のように響きます。感情の変化は、声の強弱や伸ばし方で表現します。
 そして特に重要なのが、3つめの「間」です。せりふを投げかけられてもすぐに返答せず、わずかに沈黙を置く――。その「間」が観客の想像力をふくらませ、緊張感を高めます。間は単なる“空白”ではなく、感情をためる“装置”の役割を果たすのです。
 正義の味方が悪者を制圧するといった、力強く豪快な演技様式は「荒事」と呼ばれます。また、主人公が格好良く動きを止めた瞬間、周囲がほめる掛け声を「化粧声」といいます。

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立役と女方 ―衣裳で伝える役柄

 歌舞伎の役は大きく「立役」と「女方」に分けられます。「立役」は男の役、または男の役を専門に演じる俳優のこと。一方、女性の役は「女方」といい、男性の俳優が演じます。体型を隠し、しぐさや衣裳で女性らしさを表現する女方は、現実の女性を真似たものではなく、芸の上で創り上げられた理想の女性像だといわれています。
 衣裳の柄は役柄ごとに大体決まっていて、役の性格や雰囲気を衣裳の色で表すことも。歌舞伎の衣裳は、役柄を一目で伝える“記号”のようなものです。

舞台演出の仕掛けと下座音楽

 客席へ伸びる通路「花道」は舞台に向かって左側(下手)にあり、登場する時と退場する時の見せ場となります。
 舞台の一部を切り抜いて上げ下げする昇降装置「セリ」の1つ「すっぽん」は、主に亡霊や妖怪、妖術使いなどが突然現れたり消えたりする非現実的な場面で使われます。
 舞台下手側の*2黒御簾では、三味線や太鼓が演奏されます。これを「下座音楽」「黒御簾音楽」といいます。音はせりふと結びつき、視覚的なイメージを増幅させて物語をさらに盛り上げます。
*2 黒壁に御簾をかけた小部屋。中の演奏者が客席から見えないように黒い御簾を下げることからこの名に。

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能と狂言の成り立ち

 能と狂言は室町時代に成立した芸能です。民衆の芸だった「猿楽」や「田楽」から発達した演劇で、武士や貴族の保護を受け洗練されていきました。観阿弥が息子の世阿弥とともに、物語性と芸術性の高い舞台芸術へと大成させました。
 両者は同じ舞台で上演されますが、性格は異なります。狂言は会話が中心のせりふ劇で、日常の出来事や人間の失敗を笑いにする喜劇であるのに対し、能は主要人物のほかに合唱を担当する「地謡」、器楽を担当する「囃子方」が登場し、謡と舞を多用する歌舞劇。中心となるのは悲劇です。
 喜劇と悲劇という違いはあるものの、どちらも人間に共通する心の姿を描き出す芸能といえるでしょう。

狂言 ―ことばで語る喜劇

 狂言は、登場人物どうしの会話によって物語が進みます。中心人物を「シテ」、相手役を「アド」といいます。主人と家来、親と子など身近な関係が多く登場します。
 特徴の1つは、会話の合間に入る独白です。相手には聞こえない心の声を語ることで、観客だけが状況を理解することになり、そこに笑いが生まれます。役者が擬音を口で表すこともあり、舞台装置がなくても観客に場面を想像させます。
 動きには決まった型があり、歩き方や座り方は様式化されています。誇張は少ない一方で、無駄がなく、簡潔なせりふと型の動きによって笑いを引き出します。

https://www.kyogenyamamoto.com/movie/post03.html

大蔵流狂言 山本家『柿山伏』より

隈取とケレン ―驚きの演出

 どんな人物かを観客に一目で伝えるものといえば、「隈取」もその1つ。隈取とは歌舞伎特有の化粧のことで、役柄によって隈取の色が異なります。紅隈は正義の人、藍隈は悪人や怨霊、茶隈は鬼や精霊などの変化を表します。顔に引いた線を指でぼかすのが基本的な隈の取り方で、筋肉や血管の隆起を表しています。
 観客を驚かせる演出を「ケレン」といい、宙乗り、*1引き抜き、早替わりなどがあります。写実を超えた視覚的効果によって、歌舞伎の世界は大きく広がります。
*1  衣裳を重ね着し、しつけた糸を引くと、一瞬にして下に着た衣裳が現れるという仕掛け。

▲いろいろな隈取

歌舞伎ならではの見せ場

 歌舞伎には、観客に強い印象を残す様々な表現があります。その代表が決めぜりふ。『白浪五人男』で弁天小僧が名乗る場面で言い放つ「知らざぁいって聞かせやしょう」はよく知られていますね。衣裳をはだけさせ、堂々と正体を明かす場面が大きな見せ場、聞きどころです。
 登場人物の感情が頂点に達した時や物語の重要な場面では、役者はぴたりと動きを止め、目を大きく見開いて目立つポーズをとります。これが「見得(みえ)」です。「元禄見得」「不動の見得」などいろいろな見得があり、それぞれの場面に合わせて演じます。
 花道を退場する時などに、手を大きく振り、足を強く踏みしめる歩く演技を「六方(ろっぽう)」といい、中でも跳ねるように進む「飛び六方」は迫力があります。
 誇張した動きで観客の注目を集め、緊張感を高めるこうした演出によって、歌舞伎は観客に絵画のような印象を残します。

https://rekion.dl.ndl.go.jp/pid/1314410

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静かに響く 能・狂言

 声を張り上げずに、ゆっくりと語る、大きく動かずに、型で感情を示す――。能と狂言は、静かな表現で人の心を描く舞台芸術です。

能 ―謡と舞で語る悲劇

 能では、物語は主役である「シテ」を中心に展開します。シテは独特の節回しでせりふを歌うように語り、これを「謡」といいます。ことばは引き延ばされ、意味だけでなく音の響きが重視されます。
 動きはゆっくりで最小限におさえられ、足の運びや扇の角度にも意味が込められています。舞は写実的な動作ではなく、象徴的な表現なのです。
 演出の上で非常に重要な役割を果たすのが「面」です。それぞれの面には意味があり、上下に動かすことで、無表情から豊かな感情を舞台上に浮かび上がらせます。
 能は、説明するのではなく、余白を残すことで観客の想像を促す芸能といえます。
 

https://rekion.dl.ndl.go.jp/pid/1320590

ことばを知ると、もっとおもしろい

江戸ことばを知ろう

 落語や歌舞伎には、江戸時代のことばがたくさん残っています。その意味を知ると、せりふの響きや人物の性格がより鮮明に見えてきます。
◇野暮
 洗練されていないこと。粋を重んじた江戸の町では、野暮は避けたい性質でした。
◇登場人物の名前
「与太郎」は少し抜けた若者の名前。よく失敗するという役回り。
「佐平次」は調子がよく、どこかずる賢い男の代表的な名前。
◇一人称
「あっし」「やつがれ」はへりくだった一人称で、身分や関係性を示します。
◇「団十郎を決める」
 歌舞伎役者、市川団十郎から生まれたことば。団十郎の豪快な見得に由来し、堂々と決めることを意味します。

主な作品を知ろう

 いろいろな作品を見たり聞いたりして、声の使い方や動きの違いなどを比較してみましょう。
▽落語
『目黒のさんま』は、将軍が目黒で食べた焼きさんまを忘れられず、城で再現させるもののうまくいかないという噺。身分の違いと味覚のずれが笑いを誘います。軽快な会話のテンポが魅力。
『芝浜』は、人情噺の代表作。大金入りの財布を拾った魚屋の男。妻はそれを夢だったと言い聞かせます。3年後、その嘘は妻が自分のためについたものだと知って……。静かな語りと間が胸を打ちます。
▽歌舞伎
『勧進帳』は、弁慶が機転を利かせて主君 の義経を守る物語。山伏に変装した一行が関所を越える場面で、関所を守る役人・富樫左衛門に怪しまれた弁慶はとっさに白紙の巻物を読み上げます。見得や飛び六方など、型の美しさを堪能できる演目。
『東海道四谷怪談』は、妻を裏切った伊右衛門が怨霊に苦しめられる怪談劇。心理の変化を誇張したせりふと、宙乗りなどのケレン演出が見どころ。
▽狂言
『附子』は、主人が毒だといって隠した砂糖を、太郎冠者と次郎冠者が恐る恐る味見し、やがて夢中で食べてしまう話。会話の応酬と独白が笑いを生みます。
▽能
『羽衣』は、漁師が拾った羽衣を返す代わりに、天女の舞を見せてもらう物語。謡と舞によって幻想的な世界が描かれます。
『高砂』は、老夫婦の姿に夫婦円満と長寿を重ねた*3祝言曲。ゆったりとした謡と舞が、静かな祝福の空気を演出します。
*3 喜び祝う気持ちを込めた曲。

https://www.nohgaku.or.jp/about/welcome.html

公益社団法人能楽協会公式チャンネル「能楽堂へようこそ」より