• 今月のタイムス特集②

2021年6月号特集② 身近な生き物から大発見

 世界的に最も栄誉ある賞、ノーベル賞。人類のために偉大な発見や発明などをした人に贈られますが、それらの偉業の中には、普段何気なく目にしていたものや、思いがけないできごとがきっかけで生まれたものもあります。今回紹介するのは、そんな風にわかった動物行動学に関する発見です。動物行動学者のティンバーゲン、ローレンツ、フリッシュは、生き物の不思議な行動に注目し、その謎を解明したことにより、1973年、共にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。鋭い洞察力と粘り強い観察、そして生き物に対する深い愛情によって生まれた研究を紹介します。

イトヨがオスを攻撃する刺激になるのは、腹部の赤い色だ!

▲ニコラス・ティンバーゲン(1907~1988)オランダ

 イトヨという魚のオスは、繁殖期に入って巣作りを始めると、巣を中心になわばりを持つようになります。なわばりに他のオスが侵入してくると、相手に突進して攻撃を仕掛け、追い払おうとします。
 これは「生得的行動」と呼ばれるもので、学習や経験によらない、生まれながらにしてとる本能的な行動です。動物が生得的行動を起こす(解発する)きっかけになる要因を「リリーサー(解発因)」、リリーサーの中の特定の刺激要素を「鍵刺激」と言います。
 イトヨの場合、オスへの攻撃行動のリリーサーは、なわばり内にオスが侵入してくることですが、攻撃行動を起こすには必ずしも侵入したオスの全身が見える必要はなく、婚姻色である赤い色さえ視界に入れば攻撃行動を起こします。つまり、この場合の鍵刺激は、イトヨの腹部の赤い色です。
 これを実験で明らかにしたのがティンバーゲンです。ティンバーゲンは、姿かたちはイトヨにそっくりで腹部が赤くないモデルと、魚の形を変形させ腹部だけを赤くした模型を使って実験しました。それぞれをなわばりに入れてオスに示したところ、見た目はイトヨにそっくりでも腹部が赤くないモデルには攻撃行動を起こさず、一方、見た目はイトヨに全く似ていないのに、腹部を赤くした模型には攻撃を仕掛けることがわかりました。
 イトヨのオスになわばりを守ろうとする行動を起こさせる刺激となるのは、イトヨの形態ではなく赤い腹部ということです。ですから、例えばフナやドジョウのような見た目でも、腹部が赤ければ攻撃行動を起こすのです。また、イトヨは模型に描かれた目玉模様に突進することもわかり、目玉模様は攻撃目標として認知されていると考えられます。

動物の繁殖期にだけ出現する体色。魚類、両生類、爬虫類などでみられ、わずかな例外を除き、オスにのみ現れる。イトヨの場合は腹側が赤くなる。

▲イトヨのオス(成魚)は普通、青っぽい体色ですが、繁殖期には口先から腹部にかけて鮮やかな赤色の婚姻色が現れます。

カモやガンのヒナは、生まれて最初に見たものを親だと思い込む。

▲コンラート・ローレンツ(1903~1989)オーストリア

 カルガモの母鳥の後を小さいヒナが何羽もついていく映像を見たことがありますか。ヒナはなぜ母親がわかるのでしょうか?
 カルガモなどのカモの仲間(ガンを含む)やアヒルなど一部の鳥のヒナは、孵化して最初に見たものを親だと思い込む――これを著書で明らかにしたのがローレンツです。彼はこの現象を、ヒナの頭の中に一瞬のできごととして“印刷”されるようだ、という意味から「刷り込み(imprinting)」と名づけました。ローレンツがこの現象に気づいたのは、自らがハイイロガンのヒナに母親と認識された体験がきっかけでした。
 ローレンツはハイイロガンの卵を人工孵化し、ガチョウに育てさせようとしました。ガチョウが孵化させたヒナはガチョウを母親だと思い込み、その後について行く行動をとりましたが、ローレンツが自分の目の前で孵化させたヒナは、ガチョウではなくローレンツの後を追いかけてきたのです。
 ローレンツはこのヒナにマルティナという名をつけ、自分と同じ寝室で寝かせ、庭を散歩させ、一緒に池に入って泳ぎを覚えさせるなど“親”としての任務を果たそうと努めました。その微笑ましくも感動的な様子は、著書『ソロモンの指環』で詳しく描かれています。
 最後に、ローレンツが残した名言を紹介しましょう。
 「誰もが見ていながら、誰も気づかなかったことに気づく、研究とはそういうものだ。」

ミツバチは規則性のあるダンスをして、蜜のある場所を仲間に知らせている。

▲カール・フォン・フリッシュ(1886~1982)オーストリア

 巣をびっしりと埋め尽くすミツバチは、いつもせわしなく体を動かしています。この動きには規則性があり、仲間同士で情報をやりとりする手段として使っていることをフリッシュが発見しました。
 ドイツのミュンヘン大学動物学科教授だったフリッシュは、ミツバチの嗅覚や視覚、味覚、位置の把握方法などを研究し、ミツバチが自分の位置や体の向きを太陽の光によって知り、地球の磁気からも察知できることなどを明らかにしました。さらに、ミツバチに印をつけ、その行動をガラス張りの観察用箱を使って観察した結果、ミツバチたちがダンスによってコミュニケーションをとっていることを突き止めたのです。
 ミツバチ(働きバチ)は、豊富な蜜源(蜜がある場所)を見つけて巣に戻ると、独特の“ダンス”をします。この動きには決まったパターンがあり、8の字を描くように動くので、「8の字ダンス(Eight-Figure Dance)」と呼ばれています。フリッシュは8の字ダンスを詳しく観察し、ダンスの直進方向と太陽との角度が蜜源の方角を示すことや、ダンスをする(腹部を振る)時間が巣箱から蜜源までの距離を示すことを発見しました。また、蜜源が比較的近くにある時は、8の字ダンスではなく、丸く円を描く「円形ダンス」をすることにも気づきました。
 蜜源の方角や距離の情報を仲間に伝えるこれらのダンスは、 “ミツバチの言葉”と言えます。ミツバチがダンスをすることを、養蜂家などは古くから知っていたはずですが、フリッシュはダンスに規則性を見出して丹念に研究を続け、約40年かけてミツバチの言語であることを解明したのです。