関塾が発行する親子で楽しむ教育情報誌、関塾タイムス

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2019年5月号 特集①

恐竜の足跡を追いかけて

 下の写真は、恐竜の足跡化石の横で寝そべる石垣先生です。とっても大きな足跡ですね! この足跡が見つかった場所は、モンゴルのゴビ砂漠南東部。長さ106㎝、幅77㎝で、全長20~30mにもなる世界最大級の大型植物食恐竜のものとみられます。1mを超える足跡化石の発見は、世界でもあまり例がないそうです。石垣先生たち岡山理科大学とモンゴル科学アカデミーの共同調査隊による大発見です!

石垣 忍(いしがき・しのぶ)
岡山理科大学 生物地球学部教授 兼 恐竜学博物館館長。博士(理学)。専門は古生物学・博物館学。1954年和歌山県生まれ。77年東京教育大学(現・筑波大学)理学部地学科地質学鉱物学専攻を卒業。大阪で高校の教諭をしていた81年に青年海外協力隊へ応募。85年まで北アフリカのモロッコ国で国立地球科学博物館設立準備の仕事をする。このとき、初めて恐竜の足跡化石を研究し、帰国後も研究を続ける。89年に恐竜研究の面白さを伝える博物館を日本につくる企画を古生物学者数人で立ち上げ、企画を受け入れてくれた岡山の企業に入社する。その後20年あまり、林原自然科学博物館で勤務。モンゴルでの恐竜発掘調査や、恐竜の展示に携わる。2015年に岡山理科大学に転じ、恐竜学を教えている。

石垣先生、恐竜の足跡について教えてください!

恐竜の足跡化石っておもしろい!

 関塾生の皆さん、こんにちは。岡山理科大学の石垣忍です。皆さんは、恐竜のことが好きですか? 恐竜のことを知って、「へー!」「びっくり!」「なるほど!」と思ってもらえたら嬉しいです。その驚きや好奇心はきっと、科学への扉を開いてくれることでしょう。
 私は、恐竜の足跡化石を調査しています。「足跡が化石になるの?」と不思議に思う人もいるかもしれませんが、ちゃんと残るんですよ。足跡がなくなる前に土砂が覆い、その上にどんどん地層が積み重なっていくと、足跡が残っている地層も岩石のようにかたくなって保存されます。その後、雨風の浸食を受けて上の地層が削られていき、足跡の化石が姿を現すのです。
 足跡の化石は2種類あります。足跡と聞いて皆さんがまず想像するのは、地面にくぼみとして残っているものだと思います。凹型の足跡化石です。もう一つは、上の写真のように、ポコッとした凸型の足跡化石。これは、足跡のくぼみに砂が溜まり、地層が重なった後、その砂の部分だけが特にかたくなって、周りの地層が削られて現れたものです。
 足跡の形からは恐竜の種類を推定できます。一つの産地にいろいろな形の足跡があればどんな恐竜が同じ場所で暮らしていたかがわかります。足跡の長さを4倍すれば、おおよその腰の高さがわかり、そこから全長も推定できます。まだまだありますよ。歩き方や歩く速さ、姿勢もわかるんです。集団生活をしていたか、単独行動だったかもわかります。おもしろいですね。では、これまで足跡化石からわかったことを、いくつか紹介しましょう。

歩き方がわかるんです

 竜脚類という大型の植物食恐竜がいます。大型なので見つかる足跡化石もダイナミックです。彼らの足跡を見てみると、前足よりも後ろ足のほうが大きいことがわかります。また、後ろ足の跡が、前足部分をつぶしてしまっている化石もよく発見されます。前足でその場所が安全かどうかを確認してから、後ろ足を乗せていたようです。
 足跡化石には、爪の跡や、鱗がこすれた跡など、リアルな恐竜の姿も残っているんですよ。「爪先を使って、ぬかるんだ土をつかむようにして歩いていたんだな」なんてこともわかるんです。

 

肉食恐竜の群れを発見!

 足跡化石から、大型の肉食恐竜は単独行動だったことがわかっています。しかし、全長5mほどの肉食恐竜たちは、集団で行動していたようです。20頭以上の肉食恐竜が、横に並んで走った跡が見つかりました。おそらく何かから逃げていたのでしょう。肉食恐竜の目は顔の横にあるので、横並びで仲間を確認していたと思われます。
 歩幅を調べれば、その恐竜が歩いていたのか走っていたかわかります。また、足跡化石の近くには尻尾を引きずった跡が見当たらないので、恐竜たちは背骨を水平に、尻尾をピンとのばして歩いていたようです。

新しい恐竜が出てきました

 私が調査をしているモロッコからは、あっと驚く恐竜の足跡がいくつも見つかっています。その一つは、前足の「甲」(手のひらの反対側)が左手は左、右手は右を向いた恐竜です。皆さんもまねをしてみてください。チンパンジーはこれに近い歩き方をしますが、恐竜では初めての発見でした。
 新発見は、地層から恐竜の手がかりを探すことから始まります。私は今、モンゴルで恐竜を掘っています。岡山理科大学―モンゴル科学アカデミー共同調査隊のように、異なる国の科学者が協力する隊の活動が世界中で大きな成果を生み出しています。

モンゴルで「地球が残したメッセージ」を探しています!

 岡山理科大学は、モンゴル科学アカデミーと協定を結び、共同調査隊を結成してゴビ砂漠での化石発掘・調査・研究を行っています。発掘には学生も参加するそうです。左の写真は発掘現場のベースキャンプです。何もないけれど、恐竜の化石はたくさんあるという研究フィールドで、異なる文化背景を持つ人と一緒に仕事をすると、見えてくることもたくさんあるのだとか。世界最大級の足跡化石も出ている、恐竜調査の最前線について、石垣先生に教えていただきましょう!

ゴビ砂漠のベースキャンプ。暑い日には35℃くらいになるそう。そんな時は、目を凝らせば蜃気楼も見えるそうですよ。

国境を超えたチームで活動

 私が岡山県にやって来たのは1991年のことです。それまでは、大阪府で高校教諭をしたり、休職して青年海外協力隊員としてモロッコへ行ったりしていました。モロッコでは、エネルギー鉱山省地質局で働き、博物館の展示準備に携わりました。そんな中、初めて恐竜の足跡化石を調査しました。
 博物館で恐竜の展示を企画するためには、調査対象がある現地を訪れ、直接観察するフィールドワークが欠かせません。しかし、私がモロッコから帰国した当時の日本には、ただ化石を並べただけの博物館がいくつもありました。そこで、来館者にもフィールドワークの現場を感じてもらえる、臨場感のある博物館をつくりたいと思ったのです。そんな時、株式会社林原が*メセナ活動に名乗りをあげてくれたので、岡山県で博物館をつくることにしました。
 残念ながら、林原自然科学博物館は実現しませんでしたが、岡山理科大学で研究を受け継ぎ、ゴビ砂漠の調査に力を入れています。モンゴルの研究者たちと、国境を超えて一つのチームを組んで活動しているところがポイントです。外国人がズカズカと乗り込んで、その国の宝物である化石を勝手に持ち帰っては意味がありませんからね。
 発掘調査には、岡山理科大学の大学院生や学部生たちも参加します。異文化の中で、言葉が異なる相手と一緒に働くということは、相当のスキルが必要です。どんなに科学技術が進歩したとしても、調査・研究は仲間と助け合い、互いに労いながらやり遂げるものです。学生たちは、そうした人間力をモンゴルで身につけて帰って来ます。

*企業が主に出資をして、文化・芸術活動を支援すること。

石垣先生の調査道具の数々。調査データを記録するために、カメラやフィールドノートも持って行きます。

モンゴルで世界最大級の発見

 日本とモンゴルが一緒に協力して調査を進めてきたおかげで、ゴビ砂漠でたくさんの成果が上がっています。4ページの写真は、2016年8月にゴビ砂漠で発掘した足跡化石です。モンゴルの白亜紀後期の地層からは、大型植物食恐竜「ティタノサウルス類」の骨格が発見されているので、その足跡ではないかと考えられます。しかし、まだはっきりとはわかりません。
 そして昨年、2018年8月にも、私たちは大きな発見をしました。ゴビ砂漠の白亜紀最末期の地層から、二足歩行の恐竜では世界最大級となる足跡を見つけたのです。幅85~115㎝の足跡化石で、植物食恐竜「鳥脚類」のサウロロフスのものと思われます。見つかった足跡から計算した体長は、推定最大18m程度。あのティラノサウルスが全長12m程度ですから、大型肉食恐竜を上回る大きさです。この時の調査では、同じ場所から十数点以上の足跡を見つけることができました。

復元したサウロロフスの右足の骨。横に立つ石垣先生と比べると、とても大きな恐竜であることがわかります。

「地球が残したメッセージ」

 私たちは今、岡山理科大学を「恐竜研究の国際拠点」にすべくプロジェクトを進めています。私を含めた13人の教員が中心メンバーです。古生物学( 過去に生きていた生物)の研究者だけでなく、地層学の先生、病理学の視点から化石を調べる先生、年代測定に携わる先生など、いろいろな専門家が関わっています。互いのことをよく知り、それぞれが得意を発揮することは、どんな仕事でも必要なことだと思います。何事もチームワークです。
 恐竜の化石は「地球が残したメッセージ」です。私たち研究者の仕事は、そのメッセージを探し出して対話することです。恐竜研究とはつまり、現在と過去との対話なのです。この仕事をしていると、過去があるから今があるということが、よくわかります。今地球上にいる生き物たちと恐竜は、共通点もたくさんあるのですよ。一部しか骨が見つからなくても、現在の動物や、今までに見つかった恐竜化石と比べて全体を復元することができます。恐竜には、背骨があれば4本の足の骨もあり、歯だってあります。私たちと同じです。そして、私たちも恐竜と同じように、足跡をつけることができますね。恐竜は私たちと同じ地球を歩いた仲間なんです。そう考えると、ぐっと身近な存在に思えてくるでしょう。私たちは、同じ地球に生きた、仲間の歴史を調べているのです。織田信長や徳川家康のことを調べるのと、そんなに変わらないと思いませんか?

岡山理科大学とモンゴル科学アカデミーの共同調査隊。
何もない砂漠で、互いに助け合いながら発掘調査をしています。

これからは、次世代の研究者が活躍する道を拓きたい!

恐竜の足跡を追い続けてきた石垣先生。生まれ故郷の和歌山では、どのような少年時代を過ごされていたのでしょうか。また、恐竜と初めて出合ったのは、いつのことだったのでしょうか。他にも、モロッコへ行くことになったきっかけや、高校の先生から研究者になったいきさつなど、次は先生ご自身のことについて伺います。関塾生の皆さんへのメッセージもいただきましたよ!

岡山理科大学「恐竜学博物館」のサテライト展示室。間近で恐竜の化石を観察できます。展示の見せ方などは、学生が考えているそうです。

ゴジラはいないけれど…?

 私が育ったのは、和歌山県の都市部と農村部の境目辺りでした。高度経済成長の波にのまれ、開発によってめまぐるしく景観が変わっていったのを覚えています。それでも、小学校低学年の頃は、川でホタルを捕まえたり、魚取りをしたりして遊ぶことができました。自然にふれ、観察することが好きな子どもでしたね。
 小学2年生の時だったでしょうか。母親に映画館へ連れて行ってもらって、『キングコング対ゴジラ』を観ました。それはもうびっくりして、感動して、終わってもイスから立ち上がれなかったのを覚えています。それで、学校の先生に「ゴジラって本当にいるの」と聞いたところ、「あれは怪獣といって、人間が作り出したものなんだ」という答えが。がっかりしていると、「でも怪獣にはお手本がいるんだよ。恐竜というんだ」と言って、先生は図書館で図鑑を見せてくれました。そこで初めて恐竜の存在を知ったんです。
 それから、小学校高学年の時、一つの転機が訪れました。学校に理科専科の先生が配属になったんです。その先生が、いろいろな実験や観察を指導してくれました。魚の解剖をしたり、氷に食塩を足した寒剤でアイスキャンディーを作ったりして、楽しかったですね。また、日曜日には、希望者を募ってフィールドワークにも連れて行ってくれました。近くの山に登って石を採集したことを覚えています。鉱物や岩石、化石への興味も、この頃に芽生えました。恐竜の化石を初めて見たのは高校生の時。大阪でニッポノサウルスを見ました。それはどうも、日本で初めて開催された恐竜の巡回展だったようです。
 大学受験の際には、地質学を学ぶかフランス文学にするかで進路を悩んだものです。最終的には、よりスケールが大きく、何億年もの長い歴史を探る地質学を選びました。

心の底からしたいことを

 大学卒業後は、高校の教員をしながら研究を続けていました。そんな時、たまたま青年海外協力隊員募集の広告を目にして、モロッコのエネルギー鉱山省で働くことになりました。異文化社会で、英語ではなく話し慣れないフランス語でコミュニケーションを取らなければならなかったモロッコ。しかも、仕事は自ら見つけていかなければならない状況で、大変なこともたくさんありました。ある時、モロッコに地球科学博物館をつくるためにできることを模索していた私に、スイス人の同僚が、アトラス山脈に恐竜の足跡があると教えてくれたんです。私が足跡の研究を始めた頃、恐竜研究の世界では「一部の恐竜はもっと活発な動物だった」という考え方が広がり、その証拠としての足跡化石が注目され始めていました。私が帰国した後、モロッコの足跡化石はモロッコの研究者によって研究が進みましたし、博物館も完成しました。さらに私の研究成果が役に立って、アトラス山脈ムグーン山群がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の*世界ジオパークに指定されました。この時はとても嬉しかったです。これからは、モロッコ、モンゴル、そして日本で次世代の研究者にどんどん活躍してもらいたい。そのための道を拓くことに、力を注ぎたいと思っています。
 若い皆さんには、心の底からしたいことに、取り組んでもらいたいですね。英語で言うなら、“should”を判断基準にするのではなく、“would like to”や“want to”に従ったほうがいいように思います。好奇心の扉は、身近な場所に転がっているものです。台所に行けば、料理は科学だと知ることもできるでしょう。植物の生長を観察するだけでもいいんですよ。いくつもの驚きや発見と出合えるはずです。「へー!」「びっくり!」「なるほど!」を楽しみましょう!

*世界遺産の地質版。世界的に貴重な地質、地形、火山などの地質遺産を保護し、研究・教育に活用することが目的。

(右)恐竜の骨を組み立てる大学生たち。「骨同士がどのようにつながっていたかを、しっかり確認します。削られてなくなった部分も補って考えながら組み立てています」と学生の皆さん。大変そうですが、おもしろそうな作業ですね。
(左)岡山理科大学・恐竜学博物館では、リアルな恐竜研究の現場をのぞき見ることもできます。化石処理室や標本室が見学できるんです。

『モロッコの恐竜―ある青年海外協力隊員が夢を掘りあてるまで』
著:石垣忍/築地書館


 青年海外協力隊員になった石垣先生の、モロッコでの3年間をまとめた本です。この本がきっかけで、日本での博物館の仕事、モンゴルでの発掘調査につながったそうで、石垣先生の人生の転機となった一冊といえます。
 異文化社会での奮闘を軸に、現地の人々や研究仲間との交流、化石発掘のおもしろさなどが、わかりやすい文章でつづられています。研究者を目指したい人、海外で働いてみたい人、もちろん恐竜が好きな人にもおすすめです。人懐っこい現地のベルベル人たちに、思わずにっこりするエピソードも。イスラム社会に生きる大勢の“ 普通の”人々のことを、身近に感じられる読書体験となるでしょう。