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2018年6月号 特集①

社会に溶け込む未来のコンピュータ

日々進化するネットワークの世界。今や私たちの生活に欠かせない存在です。これから先、コンピュータは様々に姿を変え、人間社会とより密接な関係を築いていくはずです。
今回は、そんな未来の可能性の一つ、大阪大学・伊藤雄一先生が実現を目指す『無意識コンピューティング』を紹介します。こちらが意識して操作しなくても、コンピュータが知らないうちに私たちを手助けしてくれる世界。もっともっとコンピュータと仲良くなれる世界。私たちの毎日は、どのように変化するのでしょうか?

無意識コンピューティング

人がコンピュータを操作するための道具のことを、ユーザインタフェース(またはヒューマンインタフェース)といいます。伊藤先生が目指すのは、これまでになかった新しいユーザインタフェースを開発して、人とコンピュータとの関係を変える『無意識コンピューティング』の世界です。
伊藤先生「私たちは、タッチパネルを操作する時、ディスプレイというガラスの壁に タッチします。情報に直接触れることはできません。そして、あらかじめコンピュータに入っている機能を使って情報を得たり、成果を生み出したりします。このガラスの壁を他の物に変えることで、私たちと情報とのふれあい方が変化します。それは、人が情報を操作するだけの関係から、情報が人へ働きかける新しい関係も生み出します。そして、やがては情報が人の状態を把握して行動を促す・手助けするといったことも可能にしていきます。しかも、 私たちが気付かないうちに。それが『無意識コンピューティング』の世界です」
伊藤先生の教えてくれる『無意識コンピューティング』の世界は、どのようなことが可能になるのでしょうか?続けて話を伺いました。

出会いもサポート!

人との出会いを、コンピュータが計算して導いてくれる。そんなことが可能になるといいます。
伊藤先生「私たちは、時間通りに目的地へたどり着くため、インターネットで経路を 調べます。そして、指示された通りに電車を乗り換えたり、道を歩いたりします。この時、私たちの行動はコンピュータによって決められています。
今は、人がコンピュータを操作しなければ、情報は行動をサポートしてくれません。これが『無意識コンピューティング』の世界になると、コンピュータが皆さんの情報を解析して、気付かないうちに行動を決定してくれます。例えば、Aさんがある悩みをSNSで打ち明けたとします。その悩みを解決できる専門知識を、知り合いのBさんがSNSに登録していたとします。しかしAさんはそのことを知りません。こんな時、コンピュータは『2人を会わせたら悩みが解決する』と考え、それぞれの行動や時間などを調整して、しぜんと2人が出会えるように設定してくれるというわけです。日々のスケジュールをスマートフォンなどで管理していれば、プラスの出会いをコンピュータがセッティングしてくれるのです」

感情まで入力できる!

『無意識コンピューティング』実現のため、コンピュータは人を知る必要があると先生は言います。人を知るための最も重要な情報は、“感情”ではないでしょうか。その入力を可能にするのが『 Emoballoon 』です。

伊藤先生「『 Emoballoon』は、シリコンゴムでできた柔らかい風船型のデバイス(コンピュータにつなぐ周辺機器)です。中には風船に加えられた圧力と、風船の表面の音を検知するセンサがあり、どのように触って、どのように変形したかという情報を、感情と結び付けて記録することができます。まず、対象となる人が、風船を叩いて怒り”を入力したり、抱き締めて“喜び”を入力したりします。すると、風船は、叩いたり、なでたり、つまんだり、抱き締めたりするたびに、検知した感情に合わせてそれぞれ色が変わる仕組みになっています」

“柔らかい”からできること

『 Emoballoon』のように柔らかい物を操作対象にすることで、様々な可能性が生まれます。小さな子どもが簡単に操作できる点も、メリットの一つです。伊藤先生が医師にこの『 Emoballoon 』を見せたところ、「子どもの聴診器代わりになる」と言われたそうです。
伊藤先生「聴診器での診察をいやがる子どもに、この『 Emoballoon 』をぎゅっと抱き締めてもらいます。すると、中の圧力センサが働いて、正確な脈拍を調べることができるというわけです。この時、子どもは風船を抱えているだけで、診察されているという実感はありません。これも『無意識コンピューティング』の一種ですね。
例えば、この『 Emoballoon』をぬいぐるみの中に入れると、人はもっと素直に感情を発露できるようになると考えています。また、抱き締め方の違い、力の強弱などに合わせて、感情を分けて入力することもできます。そうすると、さらに可能性は広がると思います」 抱き締めるだけで、コンピュータといろいろな情報が共有できれば、できることがもっと増えそうですね!

イスがデータを取る?

伊藤先生たちが商品化を目指している『SenseChair』は、イス型のデバイスです。 そこに人が座ると、重心のかけ方だけでなく、座っている人の動きや、その速さなどもデータにすることができます。見た目はただのイスなので、人が気付かないうちに情報を収集することができるのです。これも『無意識コンピューティング』ですね。
伊藤先生「3人がそれぞれ『SenseChair』に座り、話し合う実験をしてもらいました。3人の動きを重ね合わせたところ、データ の最も濃い部分と、実際に最も話が盛り上がったところが一致。これは、社会心理学でいう*1同調傾向をデータにしたものです。 全員が頷いたり、のけぞったり、笑ったり、手を叩いたりして盛り上がると、データとして表示される仕組みです。これを応用すれば、会議などの場で、より大勢の共感を得たアイディアを探し出すことができるでしょう。また、授業や講演などであれば、聞き手の反応をデータで見ながら、話し手は柔軟に話題を変えることができます」
人の行動は、感情以外にも多くの情報をもたらすのですね。伊藤先生によると、『SenseChair』は命を守るためにも役立つそうです。
伊藤先生「『SenseChair』を利用すれば、日々のデータを比較することで様々な健康管理ができるようになるでしょう。また、眠気レベルを判断して、居眠りするタイミングも推測することができます。電車やトラックなどの運転手にとっては、居眠りによる事故防止にも役立ちます」

*1一緒にいる相手と、無意識のうちに仕草や姿勢が似てくる傾向。シンクロニー。

子どもたちの心を知る

『StackBlock』は、ブロック遊びと同じ感覚で、コンピュータに形状を入力できます。 組み立てた形を、コンピュータがリアルタイムで認識する仕組みです。 伊藤先生「私たちは、この『StackBlock』を使い、東北大学と共同研究をしました。積み木遊びを通して、子どもの心理状態を知ろうという試みです。
東日本大震災の後、津波ごっこをする子どもが増えました。これは*2PTSDになった子どもたちが、津波を再現することで、心を癒しているのです。そこで、私たちは『StackBlock』を通して、ブロックの組み立て方や壊し方のデータを取ることを考えました。そうすることで、子どもがどの程度のPTSDにかかっているか、またはどの程度まで治っているかを知ることができると考えたのです」
『StackBlock』は、触った部分や触り方などもデータにできるので、子どもたちの状態を把握するのに適しているそうです。また、子どもたちは、ブロック遊びという身近な活動をするだけなので、素直に気持ちを表現することができます。“知らないうちに情報を取る”技術は、傷ついた子どもたちの心を救うために役立てることができるのですね。
実はこのブロック型デバイス、伊藤先生が大学院の修士課程時代から続いている研究だそうです。
伊藤先生「20年前に開発したのが、ブロック型デバイス『ActiveCube』です。これを利用し、カナダのアルバータ大学と共同で 空間認知能力を検査するシステムを作りました。映像と同じ形をブロックで組み立ててもらったところ、若者と高齢者、そして軽度のアルツハイマーの人では、認知までの時間などに、顕著な違いが出ました。ブロック型のデバイスは、こうした頭や心の診断に役立つのはもちろん、必要なのは単純な作業だけなので、言葉、世代、文化 の壁を越えて世界中で使ってもらえる点でもメリットがあると思います」

*2 Post Traumatic Stress Disorder.心的外傷後ストレス障害。天災や事故など、命をおびやかす出来事が原因で、著しい苦痛などをもたらすストレス障害のこと。

解答の“自信度”がわかる

皆さんは、テストや参考書などの問題を解く時、どのようにペンを走らせますか?
解答に自信のある場合、悩みながら解く場合、それぞれでペンの動かし方、動かす速さが違うのではないでしょうか。また、自信がある時は、ペンを力強く握って書くのではないですか? そうした“自信の差”を記録して学習に役立てようというのが、ペン型デバイス『PenSIRU』です。
伊藤先生「ペンを握った時、指が触れる部分に圧力センサが入っています。これで、どのくらいの強さでペンを握っているか、データに取っていきます。そうすると、解答している人の筆記の状況を知ることができます。スラスラと解いている問題、悩みながら解いている問題がわかるのです。これを先生がデータとして得ることができれば、『正解したけれど自信がない問題』をピックアップして生徒に指導することができます。生徒の理解不足を補うのに役立つというわけです」
『PenSIRU』は、勉強をゲーム感覚で楽しむツールにもなるとか。
伊藤先生「このデバイスで勉強量を記録して、全国のライバルたちと競っても面白いですよね。SNSに記録をアップすれば、単に競争するだけでなく、受験仲間と一緒に勉強している感覚を得ることができます。教室でペンを走らせる音を聞いていると、しぜんとモチベーションが上がって勉強がはかどったりしませんか? 『あの子と同じくらい勉強しよう』とやる気になりますよね。それと似た感覚になれるのです」
実際にペンを握っている時間、つまりリアルな勉強量を記録できるところが新しいですね。また、自分でも気付かない“自信のない問題”を知ることができれば、潜在的に苦手な単元を洗い出せるので、効果的な受験対策になることまちがいなしです。 伊藤先生によると、商品化のため共同研究先を探しているところだそうです。私たちが手にできる日が待ち遠しいですね!

コンピュータは怖くない

伊藤先生が『無意識コンピュータ』の話をすると、しばしば「コンピュータは怖い」という印象を持たれるそうです。しかし、実際に話を伺ってみると、先生の研究は私たちを幸せにしてくれるものばかりでした。
伊藤先生「知らないうちにコンピュータに操作されると聞くと、怖いと思うかもしれません。しかし、果たして本当に『コンピュータが怖い』のでしょうか?例えば、美味しい料理を生み出して私たちを笑顔にしてくれる包丁も、使い方を誤れば凶器になります。コンピュータも包丁と同じで、人を幸せにする方向に進化をすれば、未来は明るいものになるはずです。
私たちは、何よりも人を幸せにすることを大事にしています。人を幸せにする研究に喜びを感じています。そうした人間こそ、研究者に向いているのではないでしょうか。 皆さんも、コンピュータを怖がらずに、その可能性にワクワクしてもらえたらと思います!」
大学には、伊藤先生のように「人を幸せにしたい」と願いながら、日々研究を続けている研究者がたくさんいます。だからこそ、豊かな発想が生まれるのかもしれませんね。

伊藤先生の好奇心の芽

とても楽しそうに研究をされている伊藤先生。そんな先生は、子ども時代にどのような経験をされたのでしょうか。その「好奇心の芽」に迫ってみたいと思います。そもそも先生がマイコン(マイクロコンピュータ)に興味を持ったのは、小学1年生の時だったそうです。
伊藤先生「小学1年生の時、マイコンを知って『触ってみたい!ゲームを作りたい!』と思いました。しかし、当時は50~70万ほどする大変高価な物だったので、一般家庭が気軽に持つことはできませんでした。ただ、親はプログラミングの本は買ってくれたので、それを読んで一生懸命勉強して、チラシの裏にプログラミングのコードを手書きしていきました。そして、毎週末、電器店にコードを持って行き、店頭のマイコンにプログラミングして試したものです。何時間も店に居座るので、付き添ってくれ た父には毎回『もう帰ろう』と言われましたね(笑)。私たち世代の研究者は、けっこうこの“週末プログラミング”を経験しているみたいですよ。簡単に触れられなかったからこそ、『プログラミングしたい!』という思いが、特に強かったと思います。今は誰もが気軽にプログラミングを試すことができるので、とても羨ましいですね」
そんな伊藤先生の進路を決定づけたのは、小学4年生で任された「発明係」でした。伊藤先生「担任の先生に『クラスのためになる物を発明してほしい』と言われ、係に任命されました。いろいろな発明に挑戦したのですが、失敗続きでしたね。教室で飼っていたメダカの自動エサやり機は、時計の長針と短針が重なるとスイッチが入るようにしておいて、1日に1回、時間がきたらモーターが作動してエサが落ちるという仕掛けにしました。でもこれ、時計の針はしばらく合い続けるので、エサがずっと落ち続けてしまうんです。結局、エサは一度にぜんぶ落ちてしまいました。水槽のヒーターを改造した時も、温度調節ができずに水が沸騰してしまったこともあります。メダカにはかわいそうなことをしました」
失敗を経験したからこそ、発明への意欲が育ち、今があるという伊藤先生。担任の先生は、失敗しても頭ごなしに怒らなかったそうです。そのおかげで、次のチャレンジに前向きになれたのですね。他にも、給食の牛乳用ストローが出てくる自動販売機、ペンのインクを足しやすくする道具など、いろいろな物を発明したそうです。
皆さんも、何かに興味を持ったら、ぜひそのことについて調べたり、試してみたりしてください。ひょっとすると、それは未来につながる扉なのかもしれませんよ!