• わたしの勉学時代

2026年2月号 わたしの勉学時代 駒澤大学 学長 村松 哲文先生に聞く

仏教を礎として開学した駒澤大学。前身の「学林」(旃檀林)設立は430年以上前にさかのぼり、明治15年に近代的な大学として開校しました。現在は7学部17学科を有する総合大学です。2025年4月に学長となった村松哲文先生は「誰からも愛される大学」を目標に掲げ、仏教の教えである「智慧」「慈悲」「縁起」を三本柱に教育に取り組まれています。専門は仏教美術史でメディアや書籍を通じたわかりやすい解説も人気です。

【村松 哲文 (むらまつ・てつふみ)】

1967年生まれ、東京都出身。文学修士(早稲田大学)

2003年、早稲田大学大学院文学研究科芸術学美術史専攻博士後期課程満期退学。専門は仏教美術史。早稲田大学會津八一記念博物館助手、早稲田大学文学部非常勤講師等を経て、駒澤大学仏教学部教授、禅文化歴史博物館館長を務めた後、2025年4月に学長就任。著書に『かわいい、キレイ、かっこいい たのしい仏像のみかた』(日本文芸社)、『体感する仏像』(NHK出版)、『駒澤大学仏教学部教授が語る 仏像鑑賞入門』(集英社新書)などがある。多数の市民講座やNHK Eテレ「趣味どきっ!」の講師も務めた。

やりたいことに全力投球

 幼少期の記憶の一つは、リビングの床に正座している小学生の自分の姿から始まります。目の前に父親がいて、テーブルには見覚えのあるテストの答案用紙。「なんだ、この点数は!」に始まり、父から長々と説教をされました。最後に「おまえは勉強したいのか?したくないのか?」と聞かれたので、はっきりと答えました。「したくないです」。すると父は「よし、ではしなくていい」と言って、その話は終わり。以後「勉強しなさい」と言われたことはありません。
 「やりたいことをやれ」がそのまま父の教育方針だったのだと思います。一人っ子ということもあり何にでも挑戦させてもらえ、どれも夢中になって取り組みました。最初が水泳で、その後そろばん、書道、英語、バレエ、日本舞踊……。中学になる頃まで勉強はあまりしていません。ただ、何事もやってみないことにはわからないので、子ども時代の経験はとても大事。プールで溺れかけたことも命を守る重要な経験でした。その後、大学で仏教美術史を専門とするようになり、今に至るまで好きなことをやらせてもらっているので、親には感謝しています。

▲小学生の頃に『シャーロック・ホームズ全集』を読破、中学生の頃は人情味あふれる検事が活躍するテレビドラマ『赤カブ検事奮戦記』や、公民の先生の影響で、検事に憧れる「社会科」好きの少年でした。

仏像鑑賞は退屈だった

 なぜ仏教美術史を専門にするようになったのか、そのきっかけも幼少期にさかのぼります。両親がお寺や博物館、美術館が好きで、よく連れて行かれました。私は興味がなくて退屈なだけなので、本当は行きたくありませんでした。でも、中学生になって教科書にお寺や人の名前が出てきたり、修学旅行で奈良を訪れたりすると「このお寺は行ったことがある」「ここでシカに追いかけられた」なんて思い出して、自分でもいろいろ調べるようになりました。
 その頃はまだ仏像や仏教を歴史的な背景から捉えていましたが、その後、美術史的な学問があると知り、どんどんのめり込み、こうして仕事になりました。やはり幼い頃の体験は大切ですね。親から「クリームソーダを飲ませてあげるから」と言われ、仏像や美術館巡りをして本当によかった(笑)。
 中学時代はバスケットボール、高校時代は居合道の部活動にも力を入れました。授業では、中学の公民が特に印象に残っています。先生の「君たちは法律に守られている」という言葉に感動して、自分で六法全書を買って読みました。将来は検事になりたいと思ったり、公民の先生への憧れから社会科の教員になりたいと思ったり。中高時代は夢が膨らみましたね。

▲浅草寺でお父様と(上)、奈良公園でシカに追いかけられて(下)……など、幼い頃の写真はお寺や古都で撮ったものが多いです。
 

大学生活は目標を持つ

 駒澤大学の附属高校からそのまま駒澤大学に進学し、教員を目指して勉強しました。3年生の頃に興味を持ったのが美術史です。たまたま知り合った早稲田大学の教授との縁で早稲田大学の授業に出るようになり、早稲田大学大学院の芸術美術史専攻に進みました。大学院受験の時は予備校にも通って、特に英語の勉強に力を入れました。
 大学院時代で思い出深いのは、1年間の中国留学です。この経験が後に活きました。当時は中国語や中国文学の教員が非常に不足していて、専門ではない私も卒業後に中国語の非常勤講師として、複数の大学を掛け持ちしました。駒澤大学でも非常勤講師を務め、先輩の教授に「専門は仏教美術です」と話したことをきっかけに、仏教学部で仏教美術、禅美術の専任教授になることができたのです。
 自分の経験も踏まえ、大学生には半年から1年くらいの留学をおすすめします。私も最初は現地の人たちの会話がまったく聞き取れませんでしたが、3カ月もしたら耳が慣れました。インドに行った時は、インド人が話す英語は正確ではないのに会話が成立していることに驚き、英語への向き合い方が変わりました。外に出ることで気づくことは本当にたくさんあります。
 大学生活は4年間で1460日。その一日一日を無駄にするかしないかは自分次第です。大学は高校までと違って自主性が重要になるので、自分に刺激を与えることが大切です。「世の中のこの課題解決について考えてみる」「大学院で研究を深める」など何でもいいので、目標を立てると1460日が充実すると思います。

学問には終わりがない

 近年、仏像に興味を持つ若者が増え、裾野の広がりを感じます。仏像鑑賞は難しいと思われがちなので、私はできるだけ噛み砕いて説明します。「イケメン仏」とか「この顔、ヤバくない?」なんて言うと、学生はとたんに目を輝かせます。そんなことを言うと叱られるかもしれませんが、研究は大衆に届いて初めて価値があると考えています。
 今、関心を持って取り組んでいるのは、江戸時代に日本に入ってきた黄檗宗の中国・明朝様式の仏像です。一般的に仏像の研究は奈良から鎌倉時代までが主流で、江戸時代の仏像は取るに足らないものとされています。明の仏像はニタッと笑っているものも多く「気持ちが悪い」とさえ言われます。しかし、駒澤大学に勤務して各地のお寺を回るうちに、ニタッと笑った仏像が数多くあることに気づきました。これは価値がないどころか、江戸時代には一つの流行だったに違いないと考えるようになり、研究を進めています。
 そんなふうに美術史研究のおもしろさは、歴史に埋もれてしまった価値や魅力を発見できるところにあります。歴史を100%考証するのは難しく、研究すればするほどゴールは遠ざかっていく気さえします。しかし、この終わりのないところが文系学問のおもしろさであり、ロマンを感じられるところだと言えます。頑張っても完璧にできないところなど、どこか人間の生き様に似ているなと思ったりもします。何かを追求していくことは、そのままその人の生き様となる。だから皆さんも、「社会の役に立つ」「人を笑顔にする」など何でもいいので、自分の生き方を定めておくと、軸がぶれずに生きていけるのではないでしょうか。

▲高校で社会科の非常勤講師をしていた頃の一枚。

流れに身を任せる

 自分が学長になるとは夢にも思っていませんでした。研究にさらに力を入れようと思っていた50代後半、周囲の推薦をいただき、学長選挙を経て2025年4月に学長になりました。「誰からも愛される大学」を目標に、無我夢中で取り組んでいます。
 自分自身の幼少期から今に至る経験も踏まえ、学生によく言うのは「流れに身を任せることも大切」ということ。生きていればいろいろなことが起こります。時には逆流もありますが、流れは必ず変わります。だから抗わない。大切なのは荒波にもまれようが逆流で押し戻されようが、乗った船を降りないことだと思っています。
 私は飛行機が好きです。飛行機は風の流れをうまく利用して飛びます。離陸時は逆風を受けることで揚力が働いて効率よく飛び立てますし、上空では追い風が有利になります。物理が好きな人は飛行の仕組みを調べてみるとおもしろいかもしれません。関塾で学ばれている皆さんも、飛行機のようにいろいろな風とうまく付き合って、未来に大きく羽ばたいてください。

▲最近「村松先生の授業を受けたい」と入学してくれる学生が時々現れるようになりました。ありがたいことだなあと思います。以前に比べ女子学生も増えており、「仏教美術史」の裾野が広がったように感じています。